研究分野/領域
環境・エネルギー(気候変動領域)
南太平洋に位置する小さな島国ツバルは、9つの環礁・島々から構成されており、最大標高が3m程度のとても低平な土地です。そのため、近年の地球温暖化にともなう海面上昇により、水没の危機に瀕していると懸念されています。一方で、水没の危険性は、海面上昇だけでなく、人口増加や経済発展といったローカルな問題が重ね合わさることで高まっていることが分かってきました。
そこで、この問題に取り組むためには、まず島が砂をつくり、それを運び、積もらせる能力の理解に基づく形で海面上昇への対策を立て、その上でその他の諸問題を取り除き、将来海面上昇が起こった際に負けない島の再生を目指す必要があります。
日本側研究代表者名:茅根 創
東京大学 大学院理学系研究科 教授
東京大学大学院理学系研究科卒業後、通商産業省工業技術院地質調査所海洋地質部研究員・主任研究官を経て、1995年より東京大学助教授、2007年より教授。
大学院では、地球温暖化に対するサンゴ礁の応答を中心に研究中。
日本国側の視点
有孔虫の研究は世界的にみても珍しく、その養殖は初めての試みです。今回のプロジェクトで成果を上げることができれば、今後世界各地で起こってくるであろう海面上昇に関する問題において、日本が協力することが可能となります。
加えて、日本国内に及ぼす影響も重要です。日本もまた島国であり、たとえば沖ノ鳥島のような島々が将来水没の危機に瀕した場合に、日本が中心となって問題に取り組んでいけるようになることが期待できます。
ツバル側研究代表者名:Mataio Tekinene Mataio
ツバル国 外務・環境・貿易・労働・観光省 環境局 環境局長
University of South Pacific(環境学)卒業後、保健省保健局保健調査官補佐、環境省環境局環境担当補佐を経て、2000年より現職。 環境に関する国際会議への参加・交渉、啓蒙プログラムを通じたメディアへのアピール等を担当している。
相手国側の視点
ツバルでは、地球温暖化にともなう海面上昇によってすでに水没が始まっているといわれており、国際社会において支援を訴えてきました。しかし、近年は、受身のスタンスで支援を待つだけでなく、自分たちの力で長期にわたって島を守り発展させていく必要を感じ始めました。そこで、日本との協力を通して、我々の国土を長い年月をかけて形作ってきた有孔虫などの自然の力を利用した国土形成力促進を試み、長期的な島の維持が可能な復元力の高い国土を目指しています。
ホシズナは有孔虫という原生動物(注釈1)の一種で、星の形をした石灰質の殻を作り、これが死骸となって砂になります。ツバルの国土の3分の2は、実はこの有孔虫の死骸からできています。そこで、本プロジェクトでは、有孔虫を育てることによって砂の生産を増やし、島が本来持つ海面上昇に対応するための力の再生を目指します。主に、1.有孔虫が増殖しやすい環境を調査する生物学的な研究、2.その砂を、島周辺の海流がどのように運び積もらせるかの理解に基づいて有効に運ぶための海岸工学的な研究の2つの柱から成ります。
注釈1:動物界の一門。鞭毛虫類(ミドリムシ)・肉質類(アメーバ)・胞子虫類(マラリア病原虫)・繊毛虫類(ゾウリムシ)に分けられる。
具体的には、水槽で有孔虫の育つ最適条件を調べつつ飼育し、それらの有孔虫を植え付けた藻状の人工マットを海岸に導入することで新たな生息場所を創り出したり、人工衛星によるリモートセンシング(注釈2)の画像などによって作成した有孔虫の生息分布図をもとに年間の砂生産量を予測したりすることで、島自体が本来持っている力を最大限に活かした対策を立てています。
注釈2:遠隔から地球表面を観測する技術
茅根先生
ツバルに訪問したとき、有孔虫の殻で出来たオレンジ色の島を見て、インスピレーションを得ることが出来ました。有孔虫でツバルが守れる!と。
茅根先生
娘と息子のような存在です。実際、私の双子の子たちの名前は、環(たまき)と礁(いわお)ですので。
茅根先生
のんびり、ゆったりした人々が多いのが特徴です。何事に対しても楽観的な傾向が強く、島の問題に対しても危機感を持つ人々が少ないのが実情ですね。教育を通してツバルの現状を知ってもらうことも重要だと感じています。
茅根先生
プロジェクト終了まであと2年を残すところとなりましたが、プロジェクトが必要とする砂生産量がどの程度期待できるのか、また現在ラグーンと呼ばれる、湾が隔てられて湖沼化した地形周辺の砂の運搬を遮断してしまっている埋め立て道路をどう改変するかなどの他の活動をどのように進めていくかは、今後の課題として残っています。これらの課題に取り組むには、政府、NGO、住民といった様々な関係者との協力が必要だと考えています。
茅根先生
当初は途上国というイメージでしたが、実際に研究を始めて見るとスタッフの教育水準が高いことに驚きました。ただ、日本にも共通するのかもしれませんが、自分から積極的に物事に取り組むことが少なく、もどかしく思うことがしばしばです。研究にもとめられる自主性や独自のアイデアをあまり表現してくれません。逆に、はにかみながら、自分のアイデアを言ってくれるときは、とても幸せな気持ちになれます。"はにかみ笑顔"が得られたものかもしれません。共同研究者は20代、30代のいい大人なんですが。
茅根先生
たしかに、ツバルに対する日本人の認識はかなり低いですね。 実際、私自身も、脆弱な土地(湿地)に居住地を拡大させたツバル自身の問題と考えてきました。 しかし2011年3月の東日本大震災の津波の悲惨な被害は、日本でもまさに脆弱な土地(沖積低地)に 都市を拡大してきたことによることを思い知り、ツバルと日本が同じ問題を共有していたことに気づかせられました。 このため、より多くの人にツバルを知り理解を深める機会を持ってもらおうと、今回初めての試みとして、2012年3月にスタディ・ツアーを行いました。参加者からは、「ツバルの人々を身近に知ることにより、気候変動の問題や社会経済的問題を知ることができたし、何よりもツバルの人々の笑顔が印象的だった。」「本ツアーを通して、ツバルについて、マスコミなどを通してでは知ることのできないような様々なことが分かってきた。」というような感想をもらい、少しずつですが、ツバルに馴染みがない方にも問題意識を共有してもらうための発信ができたと思います。
茅根先生
今の段階では有孔虫の生殖について詳しいことが分かっていないのですが、近い将来解明できそうです。生殖のメカニズムが分かれば、増殖を効率良く行うことが可能となるため、プロジェクトの成果をあげていくことに繋がるでしょう。
また、今後は、ワークショップなどを通じて、首都のあるフナフティのみならず、他の離島の住民の方々にも本プロジェクトの成果を知らせることに力を入れていきたいと考えています。
現地の人は地形や生態系の変化をモニタリングするための測量の技術や道具を受け継いだから、今後自分たちでも継続的なモニタリングが可能になったんだって!
このツバルのプロジェクトは、私がSATREPS学生インターンとして関わらせていただいた最初のお仕事であり、最も思い出に残っているものです。半年という短いインターン期間にも関わらず、このような責任あるお仕事を担当させて下さった関係者の皆様に、この場をお借りして深謝致します。
SATREPSの意義を考えること、それはすなわちこれからの国際協力のあり方とその可能性について考えることだと思います。ツバル課題のお仕事に携わって初めて、それが自分の中で消化されたように感じました。研究室での基礎研究にとどまらずそのフィールドでの応用をベースに、一方的ではない相互補完的な国際協力、「支援者と被支援者」の構造ではない"counterpart"同士としての国際協力を目指す―そんな従来型を乗り越えるような新たな発想が、新しい国際協力モデルとしてのSATREPSだと私は理解しています。正直なところ、当初は「科学技術に全く精通していない自分にできることなどあるのか」と不安でした。しかし、取り組むにつれ、ツバル課題の紹介を通してこのSATREPSの存在意義と可能性を1人でも多くの方にお伝えできればと強く思いました。「ツバルってこんな島だったんだ」「有孔虫ってすごいんだなぁ」、そんな些細な発見や驚きが、地球規模課題への興味関心へと繋がっていくことを切に願っています。
(SATREPSインターン・那須ちさと)