サイエンスアゴラ2017 公開ワークショップ
「イマドキ世代、野依を超える!? ~これからを生き抜く科学者になろう~」

開催日 2017年11月26日(日) 13時00分~14時30分
場所 テレコムセンター 1階 アゴラステージ(サイエンスアゴラ2017内)
主催 科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター、科学コミュニケーションセンター(CSC)
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報告書

2018年1月
研究開発戦略センター(CRDS)
「科学と社会」推進部

科学技術振興機構(JST) 研究開発戦略センター(CRDS)および科学コミュニケーションセンター(CSC)(2018年1月より「科学と社会」推進部に改組)は、2017年11月26日、科学フォーラム「サイエンスアゴラ2017」において、公開ワークショップ「イマドキ世代、野依を超える!? ~これからを生き抜く科学者になろう~」を開催し、政策関係者や若手研究者、子育て世代の方々など、約100名の参加があった。

本ワークショップは、科学技術や科学者に対する価値観や問題意識について、世代間ギャップの有無を明らかにしつつ、次世代を担う若手人材が活躍できる環境をつくっていくうえで、将来に向けて今議論しておくべき論点や課題を探ることを目的に開催した。

野依良治JST/CRDSセンター長の講演、20代~30代の若手研究者5名による発表の後、これからの科学者について、「世代を超えて、変えてはいけないもの/変えなければいけないもの」という論点でディスカッションを行った。

1.講演 「私の歩んだ道、君たちが創る社会」

はじめに、野依 良治 JST/CRDSセンター長より「私の歩んだ道、君たちが創る社会」と題した講演があった。

科学者への道

私の人生は戦争とともに始まった。日本は国破れて科学ありとも言えよう。敗戦直後の1949年に湯川秀樹先生が日本初のノーベル賞を受賞した。この時私は小学5年生で、湯川先生は神様のような存在であった。その後中学に入る時、父親に連れて行かれた東洋レーヨンの製品発表会で、「ナイロンは石炭と水と空気から生まれる」と教わった。すべての日本国民が経済復興を考えていた時代、12歳の野依少年は「科学はすごい」と感じた。こうした少年時代を背景に、日本初のビニロン(合成繊維)を発明された櫻田一郎先生のいる京都大学に進むことになる。

私の科学者としての人生は、160年以上前のパスツールの言葉「無生物的な対称的な力が、対称的な原子なり分子に働いて、そこに非対称性が生じるはずがない」への挑戦であった。1966年(27歳の時)に偶然、左右の分子を作り分ける不斉合成化学の原理を発見し、1980年には水素分子を操って左右の分子を作り分ける不斉合成に成功した。この成果の発展により2001年にノーベル賞をいただいた。その後、高砂香料工業によってメントールの合成が確立された(1983年)。また、米国ではFDA(米国食品医薬品局)によるラセミ体変換という方針(左右いずれかの有効成分だけを上市する仕組み)(1992年)が打ち出され医療の大幅な改善が図られた。これは、戦後社会の復興を目指した日本の科学者たちの基礎科学や産学連携による成果が先進の米国の政策決定に強く影響した結果であろう。

大事なのは独創と共創

独創は非常に大切だが、個人でできることには限りがある。これからは知の共創(共に創ること)が大切である。一人の科学者の独創を元に、数十人の科学者の協力で優れた技術発明を生み、千人の知恵を集めて社会的価値を創る。このようにして20世紀は人間社会を支える多くの科学技術イノベーションが生まれてきた。

しかし、将来の科学技術の進歩は経済成長だけでなく、社会発展、人類存続のためにあるはずである。一方、国家的な野心が度重なる戦争を引き起こし、社会を疲弊させ、個人的な欲望の集積が修復不可能な環境破壊や未曾有の文明の危機などを招きつつあることも事実である。おそらく人類の命運を握るのは、人間自身の価値観であろう。産業技術や科学技術の急速な発展に比べて、現代人の倫理的あるいは社会的な進歩はあまりにも遅々として進んでいない。

私たちが育ってきた20世紀は戦争と経済に象徴される競争の時代であった。しかし、21世紀は限られた地球の枠組みの中で人類をいかに存続させるかということに向けた、協調、コラボレーションの時代である。自分たちの世代だけでなく後世のために何をするのかを考えていっていただきたい。

2.イマドキ世代プレゼンテーション

20代~30代半ばの若手研究者5名からは、以下の項目について発表いただいた。
① 現在の道を目指したきっかけ
② 現在の活動概要、モチベーション
③ 将来のありたい姿
④ ③に至るまでに必要なもの

(1)齊藤 颯  京都大学大学院 理学研究科化学専攻 修士課程2年

高校時代、最初は文系志望だったが、ある京都大学の先生の「化学は世界を変えられる」との言葉に導かれ、研究の道へ。現在は、金属触媒を用いて分子の骨格を変える研究をしている。面白い分子や欲しい分子を自在に作れることは、とても重要だと考えている。将来は、新しい分野や新しい価値観を作る研究者になりたい。そのためには、自分の専門分野以外も“つまみ食い”して、何もないところから新しい価値を創造していけるような、そして常に面白さを見いだしていけるような研究者を目指していきたい。

(2)高 杭賢 東京工業大学大院 環境エネルギー協創教育院/物質理工学院 博士課程2年

学部時代に味わった研究の面白さと米国ドラマの影響、そして大学時代に日本語を勉強したことをきっかけに、中国から日本に留学した。現在は、次世代メモリに使われている薄膜材料の研究をしている。将来は、バラエティー対応性のあるΠ型人間、すなわち自分の柱となる「メイン能力」、専門以外の知識である「サブ能力」、それらを生かす「マネジメント」の三つを合わせもつ人間になりたい。そのためには、Ambitionを持ちつつ謙虚な心を持つこと、いろんな人と話し学び合えるネットワーキング、人と少し違った考えを持ち、流されない、といったことが大事だと思う。

(3)玉城 絵美 早稲田大学 理工学術院 創造理工学研究科 准教授、H2L 株式会社 創業者

高校生から大学1年生まで入院生活を経験した。その時の、思うように外へ出て、家族との思い出作りや社会活動ができなかったという思いが研究へのモチベーションになっている。現在は、身体動作の情報を、コンピュータを介して伝達するBody Sharingに取り組んでいて、成果の一部は製品化もしている。将来は、Body Sharingを実現し、外に出られない入院患者でもいろいろな体験ができるようにしたい。その実現のためには、技術の確立だけでなく、社会的な受容と需要を知ることや、ガイドラインや法の整備、産学や金融の連携による事業化が課題だと考えている。

(4)齊藤 尚平 京都大学大学院 理学研究科化学専攻 准教授

大学時代、はじめは企業に就職しようと考えていたが、自分が作った分子に愛着がわき、博士課程へ進むことに。現在は、分子・光・力をキーワードとした化学研究をしている。最近、光をあてると剥がせる接着材料を開発し、産業界の方にも興味を持ってもらっている。将来は、分子レベルで日常生活での新しい驚きの現象をデザインしたい。そのためには、分子合成ができて、なおかつ違う分野に挑戦できる研究者を大切にしていきたい。また、深く学問を掘り下げるための時間を捻出する必要を感じており、これは個人レベルでなく仕組み作り が必要だと思う。

(5)川上 恵里加 沖縄科学技術大学院大学 量子ダイナミクスユニット 博士研究員

高校時代に物理の道を、大学時代に実験物理の道を選び、最終的にオランダの大学で博士号を取得した。現在は、量子コンピュータの研究をしている。研究は思ってもみない結果が出ることがあり、そこが面白さ。将来は、国籍やジェンダーや年齢にとらわれずに研究者を評価することが必要だと思う。また、研究者は銃を突きつけられるようなプレッシャーの中でこそ成果が出るという面もあるが、健康で文化的な労働環境も重要な要素だと思う。そういう環境をつくるには、科学界のあり方について既存の枠組みにとらわれない考え方が必要であり、例えばインターネットで科学者がお互い評価し合うような仕組みの構築も一つの案だと思う。

3.ディスカッション

これからの科学者について、「世代を超えて、変えてはいけないもの/変えなければいけないもの」という論点でディスカッションを行った。

登壇した若手研究者からは、野依時代と異なる点として、情報量が格段に増え独創性を強く意識せざるを得ない状況であること、分野問わずプログラミングやAIなどの知識が必要になってきていること、チームで異分野連携をすることの重要性などが挙げられた。また、一つのことに突き抜けた人材を適切に評価することの難しさ・大事さや、多様性に富んだ研究の環境づくりに向けて外国人研究者を含めた様々な分野の人とのネットワーキングの必要性などに議論が及んだ。主な議論の論点は次のとおり。

  • (1) 野依時代とイマドキ世代とで異なる点
    • 情報量が膨大になった。独創性を意識せざるを得ない状況。全部の論文に目を通すこともできない。分野問わず、プログラミングやAIなどの勉強が必要になってきている。
    • 時間の使い方が変わった。研究に没頭するための時間を捻出するためには、時間の使い方の取捨選択が迫られる。
    • グローバル化に伴う「国」というバウンダリーの意識の低下。科学者が共通して抱くような目標観、モチベーションなどが持ちにくい。
    • 一人の人がコアとなる分野以外の知識を持つことや、チームで異分野連携をすることなどが大事になってきている。一方で、一つのことに突き抜けているだけでは評価されにくい面もある。本来、突き抜けた柱となるものがなければ異分野連携もできないので、評価体系などをきちんと考えるべき。
  • (2) 野依時代とイマドキ世代とで共通した点
    • 研究は、人間の新しい知識のバウンダリーに関わるところであること。
    • 独創と共創が大事であること。
  • (3) 議論の中で指摘された課題
    • 健康で文化的な労働環境と、研究に没頭した生活の両立の難しさ。
    • 外国人の学生や研究者が日本で普通に研究できる環境整備(待遇面等)、評価体系など、外国の優秀な学生や研究者を惹きつけるための改善が必要。例えば、海外では博士課程の学生には給与が出るなど生活面で困ることはない。
    • 外国人研究者を含めた様々な分野の人とのネットワーキングが大事。face to faceでの信頼性構築をもっと促す必要があるが、資金が十分とは言えない。
    • 何か新しいことをやろうとする場合、国の限られた予算ばかりをあてにするのではなく、海外の研究資金をとってくるなど、やる気になれば手段はあるはず。

4.クロージング

倉持 隆雄 JST/CRDSセンター長代理より、本会のまとめがあった。

これからの科学技術政策を考える際、鳥の目で全体を俯瞰するだけでなく、虫の目で一人一人がどんな想いや環境で研究をしているかを見ながら考えていかなければいけないということを感じた。また、今は社会と科学者が近い存在で、お互いキャッチボールしなければいけない時代であり、人と人とがつながることが大事だということを再認識した。本日登壇してくれたような、これからを担う若手研究者がサポートされる社会をつくっていきたいという思いを強くした。

会場の様子