ショートレポート AI for Science Spotlights Vol.7
「中国のAI for Science政策、国内各地で具体化 ―各地で進む計画と科学研究基盤の整備―」
Points

(画像は生成AIを用いて作成)
- 中国では、2023年に科学技術部が「AI駆動型科学研究」を重点的に推進する取り組みを開始し、2025年の国務院「『AI+』行動計画に関する指導意見」を受け、2026年には北京市、広東省、上海市、黒竜江省などの各地で実施計画や研究開発公募が相次いだ。
- 各地の施策は、それぞれの研究資源や産業集積を踏まえつつ、科学基盤モデルの開発に加え、科学データ、計算資源、研究機器、自律型実験室、AIエージェント、応用、人材・資金を一体的に整備する内容となっている。
- 地域・機関を横断して研究機関や研究者が利用する共通研究基盤については、中国科学院が整備を主導している。同院は、科学基盤モデル「磐石(PanShi)2.0」と科学技術コーパス「敖倉(AoCang)」を公開し、データ、モデル、8,000超の研究ツール・スキル、異種計算資源を繋げる共通研究基盤の整備を進めている。
AI for Scienceは、科学的発見を加速させ、その成果を通じて産業競争力の強化や経済安全保障の確保にも寄与する取り組みである。中国はすでに人工知能(AI)関連論文数で世界の先頭に立ち、2030年にAIの理論・技術・応用で世界トップ水準に達するとの目標の下、2025年以降、国家方針を地域の行動計画や研究開発プロジェクトとして具体化している。
中央政府が国家全体の政策方針を示し、各地方の政府が地域の研究資源や産業集積を踏まえ、行動計画、研究開発プロジェクト、基盤整備等の具体的な施策へ展開する構造となる中国では、AI for Scienceについても、国務院の「AI+」政策や中央科学技術委員会のAI for Science関連方針を政策的背景としつつ、「国家重点研究開発計画」や「国家科学技術重大プロジェクト」による研究開発課題の公募・支援と連動して、各地方政府が具体的な施策を展開している。このため、本稿では、国務院の「AI+」政策が各地の政策と研究開発の現場に反映され、具体的な実施段階へ移行しつつある北京市、広東省、上海市、黒竜江省における動向を概観する。
「AI+」の最初の重点分野は科学技術
中国中央政府のAI for Scienceへの取り組みは、AI for Scienceの重点的な推進、国家横断的なAI政策への位置づけ、研究開発課題の公募・支援という形で具体化してきた。科学技術部と国家自然科学基金委員会は2023年、「AI駆動型科学研究」の重点的な推進を開始した[1]。数学、物理学、化学、天文学等の基礎科学上の重要課題と、医薬品開発、遺伝子研究、生物育種、新材料開発等の研究領域を対象に、重大な科学課題に対応するAIモデル・アルゴリズムの開発、分野別の専用研究プラットフォームの構築、計算資源や科学データの開放・共有を進める方針を示した。
中国国務院は2025年8月、AIを経済・社会の幅広い分野へ融合させる国家方針として、「『AI+』行動計画に関する指導意見」を公表した[2] 。この指導意見は、科学技術、産業発展、消費、民生、ガバナンス、国際協力の六つを重点行動に掲げ、その第一項目に「AI+科学技術」を位置づけた。「AI+科学技術」では、AI駆動型の新たな研究パラダイムを探索し、「0から1」の重大な科学的発見を加速するため、科学基盤モデルの開発・利用、基礎研究プラットフォームと大型研究施設の高度化、オープンで高品質な科学データセットの整備を進めるとしている。また、AIを技術開発、実用化、製品展開まで一体的に活用し、「1からN」の技術展開と成果の実用化を加速するため、AIを活用した研究開発ツールやプラットフォームの普及、バイオものづくり、量子技術、次世代通信等との融合も掲げている。
さらに、この指導意見は、六つの重点行動を横断的に支える共通基盤として、AIモデルの基礎能力、データ供給、計算資源の統括、応用開発環境、オープンソース・エコシステム、人材、財政・金融を含む政策・法制度、安全性の八つを強化する方針を示している。すなわち、中国の「AI+」政策は、AI for Scienceを個別の研究支援技術としてではなく、科学的発見から技術開発、成果の実用化までを変革する研究開発基盤として位置づけたものといえる。
中央政府は、こうした方針を競争的研究資金による具体的な研究開発課題にも展開している。2025年には、国家重点研究開発計画「破壊的技術革新」重点プロジェクトで「AI駆動型科学研究」分野の公募を実施し[1][3]、2026年には、AI技術そのものを主対象とする「次世代AI国家科学技術重大プロジェクト」の公募も開始した[4]。国務院は、各地域・部門に対し、地域の実状に合った方法で施策を実施するよう求めており[2]、これを受け、主要な地方政府では各地の研究資源と産業構造に応じた実施策を相次いで打ち出している(表1)。
表1 中国におけるAI for Science政策・基盤整備の主な動向

各地の強みを踏まえて計画を具体化
北京市:自律型実験室とAI科学者を中核に
北京市には、中国科学院をはじめとする国家研究機関、主要大学、大型研究施設が集積するとともに、中関村を中心にAI関連企業が集まっている。こうした基礎研究、研究基盤、AI技術の集積を背景に、北京市は、個別分野への応用にとどまらず、科学研究の一連の工程をAIによって高度化する包括的な研究基盤の構築を重視している。同市は2026年6月、「北京市における人工知能を活用した科学研究推進加速化実施計画(2026~2028年)」を策定した[5]。2028年までに、基盤モデルと専門モデルが連携する科学モデル体系、自律的な知覚・意思決定・実行能力を備えた自律型実験室、一流の科学データセンター、標準的な応用シナリオを整備し、世界に波及する「科学智能イノベーションハブ」の形成を目指す。
実施計画は、AI、具身ロボット(身体性を伴うAIロボット)、高スループット機器を統合し、「仮説設定―計画立案―データ取得―計算シミュレーション―実験検証―発見」を自律的に進める実験プラットフォームを構想する。加えて、文献調査、仮説生成、計算・シミュレーション、実験設計・実行、データ解析、結論の要約を担う専用エージェント群を整備し、「AI科学者」の実現を掲げた。自律型実験室の建設基準と段階的評価、研究資源のオープンな共有まで政策項目に含めている点が特徴的である。資金面では、市政府による固定資産投資、首都科学技術イノベーション券、地方政府特別債、市・区の計算資源利用補助、国および北京市の研究開発計画等を組み合わせて施策を実施する。ただし、実施計画全体の予算総額および各施策への配分額は公表されていない。
広東省:19施策と数値目標で全体像を提示
深圳市、広州市を中心とするAI・デジタル産業に加え、電子・電機、自動車、バイオ・医薬等の幅広い製造業と企業群を有する広東省は、2026年5月、「広東省における人工知能を活用した科学研究推進行動計画(2026~2030年)」を公表した[6](行動計画全体の予算総額は非公表)。政策は19の施策からなり、①基礎理論・アルゴリズム・中核技術を対象とする「攻堅」、②基礎科学、生命科学、材料科学、海洋科学、製造業、気象科学、哲学・社会科学の七分野を対象とする「賦能」、③科学基盤モデル、科学データ、計算資源、研究インフラを整える「築基」、④人材、科学技術金融、協力、オープンソースを育てる「育林」の四群に整理されている。
目標として、2027年までに、基礎理論・共通技術・ソフトウェアツールで10件以上の象徴的成果、5件以上の分野基盤モデル、30件以上のAI研究実証シナリオ、10件以上の産業応用実証を実現し、知能化された研究インフラを150以上のイノベーション主体へ提供することを掲げる。2030年には、国際的影響力を持つ20件以上の主要成果と30件以上の産業応用実証を目標とする。分野別の応用だけでなく、データ、計算資源、研究施設、資金、人材を政策の同一枠組みに置いている。
上海市・黒竜江省:研究チーム形成と成果実装を重視
上海市は、大学、研究機関、企業が集積する国際的な科学技術・産業拠点であり、生命科学・バイオ、新材料、量子技術等の研究開発と成果の事業化を重点的に進めている。2026年5月には、上海市において「AI+」と科学技術「100チーム100プロジェクト」の二つの枠でプロジェクト公募を開始した[7]。対象となったプロジェクトには、認定総投資額の最大70%、最大5,000万元を支援し[8]、科学技術枠では40歳以下を原則とする国内外の若手科学者を中心に、AI研究者、分野科学者、エンジニアからなるチームを編成し、生命科学・バイオテクノロジー、物質科学・新材料、地球・環境科学、数学・量子、工学技術における産業ニーズ起点の科学課題へ取り組む。成果となるデータ、モデル、共通ツールを上海市の科学智能オープンプラットフォームへ段階的に共有することも応募要件に含まれる。
上海市が若手研究チームの形成と成果共有を重視するのに対し、黒竜江省は技術成熟度を用いて研究成果の実装可能性を評価する。同省は、2026年度の省重点研究開発計画で、「人工知能(科学研究の強化)」を、未来材料、量子技術、バイオ農業、黒土保護、深海・極地、石油・ガス、水素などと並ぶ10の重点技術分野の一つに設定した[9]。10分野全体で94の公募テーマを示し(各テーマの支援額は、審査結果及び年度予算に基づいて決定されるとしており、事業全体の予算総額は非公表)、応募時には、技術の研究開発・実用化の到達段階を9段階で示す技術成熟度(Technology Readiness Level :TRLに相当)を3~5とし、終了時に少なくとも3段階上昇して6~9へ到達することを原則として求めている。黒竜江省は、中国有数の食料生産地域であるとともに、石油・ガス、重型機械、船舶・海洋工学等の産業・研究基盤を有する。また、黒土地帯の保全、寒冷地、極地等、同省の地理的条件に根差した研究課題を抱えている。このため、AI for Scienceについても、汎用的な研究基盤の形成より、地域が担う食料、エネルギー、産業等の課題解決と研究成果の実用化を重視する傾向がみられる。
共通する政策設計:モデル単体から研究システム全体へ
地域ごとに重点分野は異なるものの、各政策には共通する構成が見られる。第一は、汎用の科学基盤モデルと分野特化モデルを連携させるモデル体系である。第二は、高品質な科学データセットとデータ処理・共有の仕組みである。第三は、スーパーコンピューター、AI向け計算資源、専用計算装置などを組み合わせた計算資源基盤である。第四は、AIエージェント、研究機器、ロボットを接続し、計算と実験を閉ループ化する自律型実験環境である。第五は、産学連携、若手・学際人材、資金、オープンソース、成果共有からなるイノベーション・エコシステムである(表2)。この構成は、AI for Scienceを「優れたAIモデルを作る政策」から、「AIモデルが研究データや科学機器へアクセスし、研究サイクルの中で継続的に使われる環境を作る政策」へ拡げるものである。さらに上海市の成果共有要件や北京市の自律型実験室の段階評価に見られるように、研究基盤を公共的・反復利用可能な資源へ転換しようとする方向も読み取ることができる。
表2 中国の各地のAI for Science政策に共通する五つの構成要素

中国科学院がデータ・モデル・ツール・計算資源を接続
政策の具体化と並行して、中国科学院は2026年7月、科学基盤モデル「磐石2.0」と科学技術コーパス[注1]「敖倉」を公開した[10][11]。磐石2.0は、科学データの統一的符号化、自然界の知識との整合、分野タスク向けの復号化という三層構造を採用する。第一層では、分野や形式の異なる科学データを、モデルが共通して扱える表現へ変換する。第二層では、その表現を自然界に関する科学知識や証拠のつながりと対応させ、信頼性の高い推論へつなげる。第三層では、共通表現を化学特性予測、分子構造推定、タンパク質部位予測など、個別分野のタスクに応じた出力へ変換する。中国科学院が構築した800万件の高品質な科学推論データは200以上の研究タスクを対象とし、モデルの科学推論を支える。
磐石2.0を中心とする統合研究プラットフォームには、科学データセットに加え、8,000超の専門的な研究ツール・スキルが集約され、研究者が分野別モデルや研究エージェントを構築できるとしている。計算基盤も、汎用科学計算・高スループットシミュレーションを担うスーパーコンピューティング、大規模モデルの学習・評価・推論を担うAI計算、分子動力学などの専用計算を担う高速計算を組み合わせる。中国科学院内の50以上の研究所と、院外の30以上の大学、研究機関、国有企業などに導入したと公表している。
敖倉は、科学データと科学文献をAIが利用しやすい「AI-ready」なコーパスへ加工する基盤である。データソースとして320PB超の科学データ、1億5,000万件の科学論文、1億2,000万件の特許、500万冊の科学技術書籍を掲げ、1つの全分野総合庫、7つの分野別庫、N個の応用別庫からなる「1+7+N」構造を採る。敖倉のコーパスは磐石2.0へ供給されており、両者はデータとモデルを別々に整備するのではなく、研究ツールや計算資源と結びつけて利用する共通基盤の一部として位置づけられる。
今後の注目点:数値目標から具体的な科学的成果と持続的利用へ
中国のAI for Science政策は、国家が方向性を示し、各地域政府が地域の研究・産業資源を踏まえて実施計画と研究公募等の具体化へと展開し、国家的研究機関が共通基盤を整備するという三層構造で具体化しつつある。北京市では自律型実験室と科学研究エージェント、広東省では分野横断的な実証と数値目標、上海市では若手・学際チームと成果共有、黒竜江省では地域産業課題と技術成熟度を重視した取り組みを図っており、同じ国家方針のもとでも各地の実装の形は一様ではない。今後は、それぞれに掲げる基盤モデル、実証シナリオ、自律型実験室などが計画どおり整備されるかに加え、①AIが生み出した仮説や発見をどのように科学的に検証するか、②地域や機関をまたいでデータ・モデル・研究機器をどこまで共有できるか、③研究者が継続的に利用できる運用・資金・評価制度を構築できるか、④量的な整備目標を独創的な科学成果や産業的価値へ結びつけられるか、などが焦点となっていくだろう。
(杉村 佳織・澤田 莉沙・阪口 幸駿・田子 智久・永野 智己)
2026年9月18日
脚注
参考文献
- 新華社, 「科学技術部、『AI駆動型科学研究』の特別展開を開始」(2023年3月27日)(外部リンク)(アクセス日:2026年9月4日)
- 国務院, 「『人工知能+』行動の実施深化に関する国務院の意見」(2025年8月21日)(外部リンク)(アクセス日:2026年8月31日)
- 京津冀国家技術イノベーションセンター, 「国家重点研究開発計画『破壊的技術革新』重点プロジェクト 2025年度『AI駆動型科学研究』分野プロジェクト申請ガイド」(2025年5月13日)(外部リンク)(アクセス日:2026年9月4日)
- 深圳市科技創新局, 「『次世代AI』国家科学技術重大プロジェクト2026年度第1回公開プロジェクト申請ガイドの転送通知」(2026年7月8日)(外部リンク)(アクセス日:2026年9月4日)
- 中国共産党北京市委員会教育科学技術人材育成指導グループ, 「北京市における人工知能を活用した科学研究推進加速化実施計画(2026~2028年)」(2026年6月30日)(外部リンク)(アクセス日:2026年8月31日)
- 広東省科学技術庁, 「政策解説:広東省人工知能活用型科学研究推進加速化行動計画(2026~2030年)」(2026年6月8日)(外部リンク)(アクセス日:2026年8月31日)
- 上海市経済情報化委員会, 「2026年度上海『人工知能+』・科学技術『100チーム100プロジェクト』プログラム申請受付に関する通知」上海市経済情報技術局文書第255号[2026](2026年5月9日)(外部リンク)(アクセス日:2026年9月4日)
- 上海市経済情報化委員会, 「「人工知能の応用をさらに拡大するための上海市におけるいくつかの措置」の発布に関する通知」上海市経済情報技術局文書第489号[2025](2025年7月28日)(外部リンク)(アクセス日:2026年9月14日)
- 黒竜江省科学技術庁・黒竜江省財政庁, 「人工知能を含む、2026年度省重点研究開発計画に基づく10の特別プロジェクトの申請受付に関する通知」(2026年5月28日)(外部リンク)(アクセス日:2026年8月31日)
- 中国科学院, 「磐石科学基盤モデル2.0の公開」(2026年7月21日)(外部リンク)(アクセス日:2026年8月31日)
- 中国科学院, 「敖倉科学技術コーパスの公開」(2026年7月20日)(外部リンク)(アクセス日:2026年8月31日)
DOI
https://doi.org/10.82643/crds-fy2026-sr-07
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