ショートレポート AI for Science Spotlights Vol.2
「AIエージェントの科学研究への展開」
Points

(画像は生成AIを用いて作成)
- AIエージェントの科学研究への適用は、研究者の問いに答えるような支援ツールから、文献調査、仮説生成、計算、データ解析、実験計画、結果評価などを連続して進めるシステムへと発展している。
- 仮説生成を支援するGoogleのCo-Scientist、計算機上で研究を進めるSakana AIのThe AI Scientist、文献調査・データ解析・実験をつなぐFutureHouseの科学エージェント、ロボット実験を自律的に進めるA-Labなど、国内外で様々な取り組みが登場している。
- AIの自律性を高めるだけでなく、科学的妥当性、再現性、判断過程の追跡可能性、人間による承認、安全性を備えた研究システムとして設計することが今後の課題である。
科学研究におけるAI活用は、予測やデータ解析を個別に支援する段階から、文献調査、仮説生成、計算、実験計画、結果の解釈といった複数の研究プロセスをつなぐ段階へ進みつつある。こうした変化を象徴する技術として、本ショートレポートシリーズのVol.2ではAIエージェントの科学研究への適用と展開を取り上げる。
ここで示す科学研究に適用するAIエージェントとは、研究者が示した目的に応じて必要な作業を組み立て、文献データベース、研究データ、専門ソフトウェア、計算環境などを使いながら、一連の処理を進めるAIシステムを指す。既に、文献を調べるAI、コードを作成するAI、データを解析するAI、実験条件を提案するAIを、一つの研究ワークフローの中で連携させる試みが始まっている。複数の専門エージェントに役割を分担させ、別のエージェントが全体を調整するマルチエージェント型のシステムも登場している。
今、AIエージェントを用いた科学研究が注目される背景には、基盤モデルの推論・コーディング能力が向上してきたことに加え、研究用データベースや専門ソフトウェア、計算環境をAIから利用させる仕組みが整ってきたことがある。2026年には、仮説生成、計算研究、生命科学研究などを対象とする複数のシステムが学術誌で相次いで報告された[1][2][3]。ただし、「AI科学者」「科学エージェント」「自律ラボ」とも呼ばれるこれらエージェントシステムが指す範囲は一様ではない。対象とする研究プロセスや自律性、人間の関与度合い、実験装置との接続の程度には違いがある(表1)。
表1 各機関が発表しているAIエージェントの研究プロセス対応

多様な発展をするAIエージェント
科学研究向けのAIエージェントは、担う役割によっていくつかの方向に発展している。代表的なものとして、文献や研究データから仮説を生み出すシステム、複数の専門エージェントを組み合わせて研究サイクルを進めるシステム、AIの判断をロボットや実験装置につなぐ自律実験システムが挙げられる。
仮説生成を支援する代表例が、GoogleのCo-Scientistである。科学者が示した研究目標と既存の科学的証拠に基づいて、検証可能な仮説を生成するマルチエージェントシステムで、複数のエージェントが仮説の生成、批判、順位付け、改良を繰り返す。人間の研究者は、研究目標や制約条件を入力し、途中でフィードバックを与える。生命科学分野の例では、Co-Scientistが生成した仮説の一部について、人間の研究チームが培養細胞やオルガノイドを用いて検証し、仮説を支持する初期的な結果を得ている[1]。
研究の複数工程をつなぐ取り組みとしては、米国の非営利研究機関FutureHouseが開発したマルチエージェントシステム「Robin」がある。Robinは、材料科学や気候テックなどへの展開も想定した汎用的なエージェントであり、文献探索を担うCrowやFalcon、データ解析を担うFinchなど、異なる役割を持つAIエージェントを一つの研究ワークフローとして連携させる。仮説の生成、実験計画、データ解析、結果を踏まえた次の仮説の提示までを、反復的に進める仕組みである。 失明の主要原因である乾性加齢創黄斑変性を対象とした研究では、Robinが文献調査をもとに、網膜色素上皮細胞の機能に関する仮説を立て、検証する分子候補と実験方法を提案した。人間の研究者が培養細胞を用いて実験を行い、その結果をRobinが解析して、次の候補や追加実験を示すサイクルを繰り返した。その過程で、既存薬リパスジルが網膜色素上皮細胞の機能を高める候補となる可能性を示した。実験操作は人間が担ったが、仮説生成、実験計画、解析などをRobinが進め、研究構想から論文投稿までを少人数の研究チームが約2.5カ月で完了したと報告されている[3][4]。創薬への応用可能性を示すと同時に、AIと人間の実験を往復させながら科学的知見を形成する研究手法としても注目される。
実験装置まで含めたエージェント例が、米ローレンス・バークレー国立研究所(LBNL)などによるA-Labである。A-Labは無機材料の自律実験室であり、計算データ、文献から抽出した合成知識、機械学習、能動学習、ロボット実験、X線回折測定を統合し、AIの判断を実験装置へ接続する方向へ発展させている。AIが合成条件を提案し、ロボットが試料調製、加熱等のプロセス制御、測定を行い、測定結果を機械学習で解析し、目的物質が得られなかった場合には、次の合成条件を提案する閉ループを構成している[6]。A-Labは、あらかじめ決められた操作を繰り返すだけの実験自動化とは異なり、結果に応じて次の条件を変更して実行する点に自律性がある。一方、対象材料、使用する原料、温度範囲、測定方法などは人間が設定しており、研究計画全体をAIが自ら決めるようなシステムではない。
現在まで、文献、データ、コードを扱うAI科学者システムと、ロボット実験を行う自律実験室は、それぞれ異なる技術の流れから発展してきた。これらの海外事例は、AIエージェントの導入が一つの形に収れんしているわけではなく、研究分野や利用目的に応じて多様な方向に進んでいることを示している。
国内でも始まる研究現場への導入
国内でもAIエージェントの活用は、研究プロセス全体の自動化、文献調査、計算科学、自動実験など、さまざまな形で始まっている。
東京に拠点を置くSakana AI株式会社は、海外の大学・研究機関と共同で、機械学習研究を自動化するThe AI Scientistを開発した。研究アイデアの生成、文献探索、コード作成、計算実験、データ解析、図表作成、論文執筆、査読までを一連の流れとして実行する。改良版のThe AI Scientist-v2では、あらかじめ与えられたコードのひな型に依存せず、より幅広い研究課題を探索する機能も導入されている[2][5]。主な対象は、実験を計算機上で完結しやすい機械学習研究であり、ロボットによる物理的な操作を伴う実験システムとは異なるが、研究の着想から成果の取りまとめまでを接続した日本企業による代表的な取り組みといえる。
三井化学株式会社は、学術文献や研究報告書に掲載された化学構造式を読み取り、化合物名、用途、物性、製造方法、実験条件などを自律的に調査・整理する生成AIエージェントの開発を2026年3月に発表した。文献中の画像情報とテキスト情報を統合し、必要に応じて化学データベースやウェブ検索を利用して、研究者向けのレポートを作成する。初期検証では、従来約1カ月を要した文献調査を約1日に短縮したと報告している[7]。
Matlantis株式会社(旧社名:株式会社Preferred Computational Chemistry)は、Preferred NetworksとENEOSによる共同開発をもとに設立された、AIと計算化学による材料開発支援を手掛ける企業で、クラウド型の汎用原子レベルシミュレーター「Matlantis™」を提供している。Matlantis™では、Claude CodeやCodexなどのAIエージェントをシミュレーターに接続し、自然言語による指示からシミュレーションコードを作成・編集できる。物質の構造緩和、分子動力学、反応経路探索、結晶構造予測など、分野固有の計算手順をAIエージェントに与える知識集「Skills」を整備している。汎用AIエージェントを、専門的な材料シミュレーション環境につなぐ取り組みといえる[8]。
実験系では、東京大学の一杉太郎教授(東京科学大学特任教授を兼任)らの研究グループが、日本電子、堀場製作所、リガク、島津製作所、デンソーウェーブ、パスカル、テクトスと連携し、機械学習とロボットによる自動・自律実験システムを構築した[9]。薄膜の合成、X線回折測定、結果解析を接続し、LiCoO₂の合成条件を自律的に最適化するものとしている。さらに東京大学と日本ファインセラミックス協会は、三井金属鉱業、TDK、トヨタ自動車、積水化学工業、デンソー、リガク、日本電子、三井情報などと協働ラボを設置し、セラミックス材料の合成、焼成、評価、分析の自動化・自律化を進めている。また、パナソニック インダストリー株式会社は、大阪府門真市の拠点に、24時間365日の自動実験が可能なスマートラボを整備した。設計、シミュレーション、機械工学などの専門人材が連携して独自の装置を開発し、反復作業の削減と材料開発の効率化を図っている[10]。
これら紹介した事例を含むAIエージェントは、今後、文献調査、仮説生成、計算、実験、評価を担う仕組みが相互に接続されていくと、科学研究のプロセス全体を支える新たな研究環境・基盤へと発展するとも考えられる。
今後へ向けて
AIエージェントの発展により、研究の進め方はさらに変わっていく可能性がある。これまで研究者が個別に行ってきた文献調査、計算、データ解析、実験条件の検討を、人間、複数のAI、計算機、実験装置が分担し、並行して進める研究の形も考えられるだろう。これにより、限られた時間の中で検討できる仮説や条件の範囲が広がる可能性がある。
一方で、AIが生成する仮説や論文が増えるほど、その科学的な妥当性をどう確かめるかが課題となる。専門家による確認に加え、コードの再実行、異なる手法による解析、実験での再現などを組み合わせることができればよいが、人間が行えることの物理的な限界もある。Sakana AIのThe AI Scientistの報告でも、自律的な研究システムが科学文献や査読に与える影響が指摘されている[2]。
また、研究結果の検証を可能にするため、使用したAIモデル、文献、データ、コード、計算・実験条件、AIの判断履歴などを記録したり共有したりする仕組みが課題である。リスクを伴う実験や、外部システムへのアクセス、成果の公開など、各工程における影響の範囲や度合いを想定し、人間による確認や承認をどう組み込むかが論点であろう。
AIエージェントの発展とその普及に伴い、研究者の研究活動における作業や判断の比重も変化する可能性がある。文献探索、コード作成、反復的な解析などをAIが担う一方、研究者は、研究課題や評価基準の設定、AIが示した仮説や結果の妥当性の判断、研究成果の解釈、重要な意思決定に、より多くの時間を充てられるようになることが期待される。
同時に、AIエージェントは科学者の役割を直ちに置き換えるのではなく、科学者が扱える情報や実験条件の範囲を広げる研究基盤として普及させることが課題である。その有効性については、効率化だけでなく、探索範囲、成果の質、再現性、安全性などを含めて設計し評価していく必要がある。
AIエージェントがもたらす変化は、人類にとっての科学の営みを問い直すものとなるとも考えられる。研究プロセスそのものを組み替え、人間がどこで問いを立て、どこで判断し、どこまでをAIに委ねるのか、あるいは共に研究を進めるのか。その成果を、科学者のみならず社会はどう受けとめ活用するのか、その是非や適切な在り方の模索は、国際的な議論の積み重ねとコンセンサス形成が欠かせないだろう。今後、様々なAIエージェントの登場とともに、その開発・利用は競争にもなっていく。世界が科学をより望ましい方向へと進歩させ、人類の創造性を拡張させるものにできるのかどうかは、科学者だけでなく、社会とともに導いていくべき大きなテーマともなるだろう。
(杉村 佳織・永野 智己)
2026年8月7日
参考文献
- Gottweis, Juraj, et al. "Accelerating scientific discovery with Co-Scientist." Nature (2026): 1-3.(外部リンク)
- Lu, Chris, et al. "Towards end-to-end automation of AI research." Nature 651.8107(2026): 914-919.(外部リンク)
- Ghareeb, Ali Essam, et al. "A multi-agent system for automating scientific discovery." Nature (2026): 1-3.(外部リンク)
- FutureHouse, "Demonstrating end-to-end scientific discovery with Robin: a multi-agent system"(外部リンク)(アクセス日:2026年7月22日)
- Sakana AI株式会社, 「世界初、100%AI生成の論文が査読通過 「AIサイエンティスト」が達成」(外部リンク)(アクセス日:2026年7月22日)
- Szymanski, Nathan J., et al. "An autonomous laboratory for the accelerated synthesis of novel materials." Nature 624.7990(2023): 86-91.(外部リンク)
- 三井化学株式会社, 「三井化学、研究開発の文献調査を革新する生成AIエージェントを開発」(外部リンク)(アクセス日:2026年7月22日)
- Matlantis株式会社, 「Matlantis、AIエージェント連携機能を提供開始」(外部リンク)(アクセス日:2026年7月22日)
- 東京大学 大学院理学系研究科 広報委員会, プレスリリース「欲しい物質を自動的・自律的に合成する」(外部リンク)(アクセス日:2026年7月22日)
- パナソニック インダストリー株式会社, 「自動実験で切り拓く材料開発の未来──衆知を集め未知の技術に挑む「想い」」(外部リンク)(アクセス日:2026年7月22日)
DOI
https://doi.org/10.82643/crds-fy2026-sr-02
AI for Scienceをめぐる国内外の政策動向や研究開発の潮流を、コンパクトに整理するショートレポートシリーズ。各号では、時宜に応じた注目テーマにスポットライトを当て、その背景、具体的な動き、今後の展望を紹介します。