(72)我が国の「重点科学技術分野」の力量は十分だろうか
科学の人類社会への影響は絶大である。今や「社会の中の科学」、「社会のための科学」であり、研究目的は科学自身の発展にとどまらず、技術開発を通してさまざまな社会問題の理解、解決へとひろがる。世界中で数千万人に上る研究者たちが大学中心の学術活動を超えて、政府系機関、産業界などの多様な組織体で科学技術活動に従事するが、実際に研究者数、研究資金などの規模の観点からは、大学組織の活動を凌駕する。科学知識を源とする技術を基本として、文化や社会の諸制度と結合させてイノベーションを創出するためという。
しかし、究極の普遍的な目的が人びとの豊かな人生(well-being)と国の安全な存立と繁栄、さらに人類文明の持続に資することであれば、国家、民間双方からの投資には量的な拡大とともに両者の適正な割合が求められる。全米科学アカデミーは、産業界によるあまりに顕著な投資増大に比して、中長期的観点に立ち活動する大学や公的研究機関の財政面での相対的地位の低下に懸念を表明している。なお、今年のノーベル化学賞は、筆者の50年にわたるフランスの友人アンリ・カガン教授と東京理科大学の硤合憲三教授の「不斉有機合成における非線形効果及び自己触媒反応の発見」という純正基礎研究の成果に贈られる。硤合氏の画期的論文の発表は1995年に遡るが、この生命起源の謎に迫る、まさに好奇心駆動型の学術研究を支えた当時の文部行政の見識に敬意を表したい。広く科学分野の若い世代を鼓舞することに寄与するからである。
我が国はいかなるイノベーションを創出したいのか
これからの時代に日本はどうありたいのか。世界ではさまざまな意味での分極化と深刻な対立が進む。その中で我が国が主権を保ち生き続けるためには、そのための条件を確保すべく自ら目標を定めて不退転の決意をもって行動しなければなるまい。この観点からも、社会の最大の関心は科学知識という貴重な共有資産の多様な活用と社会実装にある。我が国の司令塔CSTIの政策会議において、大学が営む学術をわきに置いてでも、イノベーションに向けた科学技術の方向性が、重点的に議論される所以でもある。
高市政権は我が国のあるべき姿として「新技術立国」実現を掲げる。目指すべきは日本の科学技術の世界における「不可欠性」であり、単に「比較優位性」ではない。政策の眼目は、経済成長と国家安全保障の有機的連携である。5年間に従前の倍額の60兆円を投資して、人工知能(AI)、半導体、量子技術、宇宙・海洋、核融合などに関わる17技術分野を重点的に振興し、また軍民両用技術を強化する。そのための研究開発と人材育成を行い、イノベーションを最大化するとする。2040年までに重点化に向けた官民投資は実に370兆円、「投資不足は断ち切る」とさえ宣言した。だがその実現性はいかほどだろうか。
我が国の科学技術政策を支える先端技術力
オーストラリアのシンクタンクASPI (Australian Strategic Policy Institute)によるCritical Technology TrackerのTop10%被引用論文を指標とする分析調査によれば、上記のような先端技術分野における我が国の状況はあまりに厳しい。技術覇権国家を目指す中国の力が圧倒的で、2025年版では74分野中66分野を制圧している。米国は残り8分野を先導し、医学・医療分野などに特に強い競争力を持つという。しかも技術覇権の観点からは中国による独占性のリスク(Technology monopoly risk (TMR))は極めて高い。日本はすでに英国、インドや韓国にも劣後して競争圏外へ去ったとしている。汎用AI、データ集積基盤の構築が極めて困難であり、今後はもはや先導的な総合技術国家になることは難しく、むしろ選択的に特定分野に重きを置く戦略国家として生きるべきではないか、などと示唆している。これらの消極的な指摘の正否について、我が国はいかに答えるべきだろうか。
今年4月にサンフランシスコで半導体集積回路・チップに関わるIEEEのISSCC国際会議が開かれた。そこに参加した筆者のJST/CRDS所属の同僚の話によると、この著名な集会における(審査に合格した)発表件数は、中国本土・香港・マカオ96、米国50、韓国45に比べて、日本は12件に過ぎず、(個人的存在感のある)座長の数も米国19、韓国6人に対して、日本はたった1名であったとのことである。近年、多くの主要国際会議が同様の状況にあると聞く。
これらの傾向が、先端科学技術分野における我が国の真の実力ではなく、たかが学術的な国際誌への論文発表、国際会議報告の状況に過ぎないのであれば、まだ許せる。だが日本の技術界が、実は「能ある鷹」であって、情報セキュリティーの観点から公開を控え、爪を隠していると言えるのだろうか。
近年の産業経済競争力の推移
昨今のさまざまな主要産業分野の競争力という鏡に映るように、我が国は本当に研究競争力を喪失してしまったのではあるまいか。心配が募るばかりである。パテントファミリーは多いが、国際共同出願は少なく、科学論文との関係が低い。だからハイテクノロジー産業貿易収支比は0.8程度と大きく赤字に転落し、1.3と黒字の韓国、中国に圧倒される。高市政権がAI・半導体に次いで重視する創薬・先端医療分野においても、医薬は輸出1.2兆円に対して、輸入が実に4.7兆円(2023)であり、医療機器も輸出1.1兆円、輸入3.3兆円と社会保障費を強く圧迫しているではないか。
他方、重工業における現状はどうか。環境・エネルギー、防衛装備品などについて高い技術力を維持するとされるが、お家芸だった造船は競争力を失い、2024年の世界シェアは中国71%、韓国14%に比して、僅か8%に低落した。海洋国家である日本が大陸国家の足元にも寄れないという不面目であるが、競争力の劣化はかつての人件費の差によるものではない。中国の造船現場における徹底した効率化、機械化、IT化、スマート化、グリーン化によるもので、造船・港湾情報における世界的権威とされる「ロイズ・リスト」によれば、造船所の産業プロセスはすでに芸術の域に近いところまで洗練されている、とのことである(富坂聰、Wedge, 2026年5月号)。さらに、航空機も高品質の部品は作れても完成機事業が欠落するではないか。今後は自動車業界も安閑としてはいられまい。
かつて産業世界を広く席巻した日本人の本質的な能力が劣るわけはないので、国の意思、リーダーシップの欠如、科学を基盤とする研究開発と社会実装の仕組みの問題であるに違いない。中国も韓国も20年かけて、国家主導で研究教育環境を整備拡張し、現場もそれに呼応したためにここまで躍進した。小国シンガポール、大国インドの成長も顕著である。アジア諸国では若者たちの熱気が、まったく違うように感じる。我が国の各層指導者層から聞こえるのは言い訳と敗北主義的な自嘲ばかりだが、虚心坦懐に現実を直視した上で謙虚に反省し、もう一度、真っ当な教育と学問を通して、若者たちの知への憧憬と誇りを育むことから始めたい。志ある人をつくること、これが「新技術立国」実現への唯一の道であろう。