2017年2月24日

(9)科学技術政策と大学、国立研究開発法人の役割

政策者と研究教育現場の認識の乖離

 科学技術政策決定者と研究教育を担う一般大学人の対話、意思疎通はごく限定的である。その結果、基本的重要課題へ共通認識が欠如し、わが国研究社会の潜在力の発揮を著しく妨げていることは、残念である。JST/CRDSも政策提言に関わる立場から、この現状に困惑するばかりである。社会にとってはさらに不幸な事態であり、相互理解、信頼に向けた多様な努力が必要である。

 政府は社会福祉、国力の維持と強化、国際的責任の遂行のために、戦略的に科学技術イノベーション政策を策定する。行政府のみならず、大学、産業経済界はじめ様々なステークホルダーの指導者たちの意見の集約に基づく。しかし残念ながら、重要政策の実現は繰り返し、必要人材の著しい不足に遭遇し挫折してきた。長きにわたる科学技術振興と高等教育政策の不整合の結果であるが、加えて、わが国大学の国家戦略への主体的担い手としての意識の希薄さによる。

 大学は自立、自律の府である。「大学自治」の原則、そして憲法23条に基づく大学人の自由度は大きく、またそれに伴う国民の負託への責任は重い。科学技術に関しても、大学は自らの理念に則り、かつ社会からの期待を勘案しつつ、整合的な体制のもとで、国民が納得する成果を上げてほしい。

 わが国は経済低成長にあえぐとはいえ、有力大学にはすでに多額の「投資」がなされ、相当の指導的人材、高度研究設備が蓄積され、情報源も備わっている。学長は自らの見識に基づき、また国内外の各界の意見を真摯に聴きつつ、基本方針を定めるはずである。その実現にむけて組織を柔軟に整え、研究教育を実践したいが、情けないかな、さまざまなしがらみが学校教育法(2015年改正)に定められた権限の実行を妨げる。相変わらぬ「学部自治」が改革を阻んでいる。

大学院における教育使命

 特に大学院教育の内容、質が社会的信頼を揺るがせている。極度に細分化した分野別の教育は、現代社会の求めるところではない。当事者の学生たちにとり、現実社会に生きる力の欠如は、死活問題である。

 教員の多くが、旧来の価値観と既得権を維持しながら、研究論文偏重主義で行動する。大学院組織は、依然として自らの学問のクローン的後継者養成、つまり「博士号きのこ生産工場」に終始する。世界共通の風潮でもあるが、この徒弟教育は中世の遺物、大学院を閉鎖すべしとの酷評もある。特にわが国のごく狭いアカデミアに閉じた「家元教育」は、学生の視野拡大、相対的価値観の醸成を著しく妨げる。

 伝統的な基礎科学に携わる若者は育っている。しかし、研究教育にグローバルな社会的視点を欠き、政策課題への関心は薄い。1999年、科学者たちがブダペスト世界科学者会議において「社会の中の科学、社会のための科学」、自らの社会的責任を宣言した。しかし、わが国の大学の国際的存在感の低下とともに、社会が要請する科学技術イノベーション人材の枯渇は明確である。

 科学分野は拡大発展し続け、中心課題も急速に移りかわる。限られた定員数の大学教員の採用方針、基準は適正か。基礎分野の充実とともに、時代を先取りする迅速な新陳代謝が求められる。もとより個々の教員には、研究教育の自由が保証されるが、大学全体の活動には、未来を見据えた社会的期待との整合性が求められる。特に新領域の科学技術研究人材の養成に大きな責任を担う。産業経済界よりも、研究社会がいち早く重要性を唱えたバイオインフォーマティックス、ビッグデータ解析、人工知能(AI)研究などの担い手がなぜ、かくも決定的に不足するのか。AI学術論文の世界シェアは現在僅か2%に過ぎず、米国の57%、欧州の18%に大きく差をつけられている。研究教育制度の設計、実施に根本的問題があるに違いない。

国立研究開発法人の役割

 自律的な大学には、研究組織としての統合的、目標管理型活動に多くを期待できない。そのうえ、もし個々の研究者たちの大多数が、自らの選択肢として、政策課題への関与を放棄するならば、いったい誰が、今季の科学技術基本計画が掲げる「超スマート社会」の実現、さらに「パリ協定」、国連が採択した「持続可能な開発のための2030アジェンダ(SDGs)」などの公共的課題へ対応するのか。研究社会の柔軟かつ多様な社会連携、国際連携なくして、国内外に責任を果たすことができない。

 喫緊の政策を選択して確実かつ効果的に実現するには、まず一昨年に制度を改めた「国立研究開発法人」を中心に、役割を担わせることが必要である。政府と法人間の具体的計画の実行契約に基づくが、組織的な課題解決型研究、新分野開拓型研究、国家基幹技術開発のみならず、そのための持続的な人材育成が不可欠である。中国科学院やドイツのマックス・プランク研究所にならい、懸案の学位授与機能の付与も必要になろう。法制度の制約が国益を妨げてはならない。大学との研究教育面での連携にとどまらず、文科省内で当然の研究・高等教育関係局の協力や、府省庁の壁を超えて実行すべきことは多い。