第349回「微生物を治療の味方に」
日本がけん引
ウイルスを投与してがん細胞を破壊するという新たながん治療が大きな潮流を形成しつつある。
20世紀後半から、がん細胞に感染・増殖し破壊する腫瘍溶解性を示すウイルスの存在は知られていた。それらの多くは本来の病原性も併せ持つため、安全性を高めつつ有効性を引き出す改良が地道に続けられてきた。近年、製品化が相次ぎ、がん治療の新たな選択肢として確立していくと考えられる。1000億円以上の売り上げが見込まれる有望な製品候補も複数あり、巨大市場の形成を予感させる。
これらがん治療ウイルスにおいて、日本は世界のトップ集団に位置する。これまでに国内外で承認された5製品のうち2製品は日本発(条件および期限付き承認を含む)であり、後続の研究開発も進む。
多くの医薬品分野で日本が海外から後れを取っている中、がん治療ウイルスは強みを生かせる領域であり、日本の医薬品産業の強化にも直結する。
治療の突破口
このほか、多様な微生物の性質を治療に生かす研究も国内外で活発化している。
例えば、バクテリオファージは特定の細菌に感染・増殖し破壊するウイルスの一種である。この性質に着目し、旧ソ連の国々では20世紀中盤から感染症治療に用いられてきた。欧米でも2010年代以降、重篤な薬剤耐性菌感染症への有効例が次々と報告されている。抗生物質に対する薬剤耐性菌の出現が深刻な問題となっているが、バクテリオファージを用いた治療が突破口となる可能性がある。
また、特定の細菌をヒトに投与することで、免疫系や代謝系に働きかける治療法も注目されている。腸内細菌を大量に含む健常人の糞便抽出物を、患者の腸内に移植することで腸の疾患を治療する製品が20年代に複数登場した。安全性・有効性をさらに改良した治療用の細菌(群)の研究も進み、さまざまな疾患の治療法となる可能性もある。
微生物を用いた治療は、効果を及ぼす仕組みが従来の医薬品とは根本的に異なり、治療困難とされてきた疾患に対する画期的なアプローチとなり得る。30年代には、微生物投与による治療が新たな医薬品のカテゴリーとして確立すると考えられる。
産業化には有効性や安全性の向上だけでなく、高品質な製品を安定供給する製造技術の確立が不可欠である。わが国が強みを有する分野であり、研究開発と製造基盤を強化することで、国内医療産業のさらなる活性化が期待される。

※本記事は 日刊工業新聞2026年8月7日号に掲載されたものです。
<執筆者>
辻󠄀 真博 CRDSフェロー(ライフサイエンス・臨床医学ユニット)
東京大学農学部卒。ライフサイエンスおよびメディカル関連の基礎研究(生命科学、生命工学、疾患科学)、医療技術開発(医薬品、再生医療・細胞医療・遺伝子治療、モダリティー全般)、医療データ、研究環境整備などのテーマを対象に調査・提言を実施。
<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(349)微生物を治療の味方に(外部リンク)