第317回「米の環境政策転換に賛否」
米国で2025年1月20日に成立した第2次トランプ政権は、就任直後から前バイデン政権の政策を覆すさまざまな政策を展開し、特に環境政策においては大きな転換がみられる。第1期トランプ政権と同様のパリ協定からの離脱にとどまらず、環境保護庁の組織改編、化石エネルギーの積極的な活用、環境に関連した諸規制の撤廃や緩和など幅広い。中でもオバマ政権期の2009年に制定された自動車の排出ガス規制の撤廃の提案に対しては、賛否が分かれている。
科学者の反対
25年7月末、米エネルギー省は「米国の温室効果ガス排出が気候に与える影響に関する批判的評価」と題した報告書を提出した。そこには二酸化炭素(CO2)により引き起こされる温暖化の悪影響は微小であり、経済活動を低下させる排出規制は必要ないとの内容が含まれている。米環境保護庁は、このエネルギー省報告書の知見も参照し、09年の清浄大気法における温室効果ガス(GHG)の危険性を認定した条項を撤廃し、自動車およびそのエンジンの排出規制を行わないとする案を示した。
これらについてはパブリックコメントが実施されたが、自動車業界などから歓迎の声が上がる一方、科学者からは反対の声が上がっている。エネルギー省報告書に対しては、米国気象学会の理事会が根本的な誤りがあるとの声明を採択したほか、米国内外の多数の科学者がその誤りや誤解を招く可能性のある箇所を指摘している。また、政府への提言などを行うナショナルアカデミーズが「ヒトを原因とした温室効果ガス排出の米国の気候、健康および福祉への影響」と題する報告書を発表し、09年の清浄大気法での認定内容はその後のエビデンスによりさらに強く支持されており、環境保護庁の撤廃案は妥当性を欠くとした。
注目すべき動向
前述のパブリックコメントは25年9月に締め切られたが、膨大な数のコメントがエネルギー省、環境保護庁の双方に寄せられた。現時点においてこの条項に関しては結論に至っていないが、トランプ大統領はバイデン政権期の自動車の燃費基準を緩和させるなど規制の撤廃に向け積極的な動きを見せている。しかし、環境保護庁の規制の撤廃案は多くの科学者が支持する科学的知見と異なる部分が多い。日本をはじめとする多くの国々が取り組む排出規制の流れとは別の路線でもあり、今後の動向が注目される。

※本記事は 日刊工業新聞2025年12月12日号に掲載されたものです。
<執筆者>
遠藤 悟 CRDSフェロー(STI基盤ユニット)
早稲田大学教育学部卒。日本学術振興会で学術振興の業務に従事する中、同会ワシントン研究連絡センター、東京工業大学などにおいて調査研究業務も実施。21年5月より現職。
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