第316回「量子計算実現の道に変化」
量子計算に関する研究のロードマップは、2022年ごろから大きく変容してきた。具体的には、この分野の研究者の誰もが目標にしているエラー(誤り)耐性のある量子コンピューター(FTQC)へ向かう中間地点が、従来言われていたノイズを含む中規模の量子(NISQ)デバイスから、初期FTQC(eFTQC)へと変わってきた。つまり、開発が着実に進んでいることを意味している。
「古典」に限界
NISQは、量子デバイスが持つノイズの影響を、古典計算との連携でカバーするハイブリッドな計算アプローチである。特定の用途の近似解を求めるのが特徴だが、その限界が予想よりも早く明らかになった。NISQデバイスの応用先として期待されていた、組み合わせ最適化問題や化学シミュレーションも、量子ビット数や計算の複雑さを増やすとノイズが蓄積してしまい、実用的計算では性能が発揮されにくいことが分かってきた。
ノイズの影響を軽減する「エラー緩和」技術も研究されているが、古典計算量が増大するため、問題が大規模になると適用が難しくなる。さらに、古典コンピューターによる量子シミュレーションのアルゴリズムや画像処理半導体(GPU)などのハードウエアといった、競合する古典的な代替手法も進歩しており、NISQデバイスが「古典超え」を達成するハードルも上がっている。
誤り訂正が進展
NISQの課題が明確になる一方で、FTQCの基盤技術である量子誤り訂正(QEC)が着実に進展している。量子ビットの忠実度の向上によりエラー率の低減が進み、安定性を示すコヒーレント時間も大きく向上してきた。複数の物理量子ビットを用いて作った論理量子ビットが、元の物理量子ビットよりも低いエラー率を持つことも実験的に実証され、QECが実際に可能と証明された。従来より少ない物理量子ビット数でエラー訂正が行える新しい誤り訂正符号の提案なども増えている。
NISQからeFTQCへのトレンドのシフトは、実デバイスでの誤り訂正機能の初実証が契機となって始まり、現在も加速している。最近では論理量子ビットの「実証」から「性能向上と応用」への移行を示す重要な成果が相次いでおり、はるか先だと思われていたFTQCが実現に近づいてきている。
ユネスコが「国際量子科学技術年」と宣言し、ノーベル物理学賞も量子科学分野に与えられた25年は、量子計算の進展にも注目すべき年となっている。

※本記事は 日刊工業新聞2025年12月5日号に掲載されたものです。
<執筆者>
眞子 隆志 CRDSフェロー(ナノテクノロジー・材料ユニット)
東京大学大学院工学系研究科修士卒。電機メーカーにおいて、酸化物材料、携帯燃料電池、半導体実装などの研究開発に従事。19年から現職、ナノテクノロジー・材料分野の研究開発戦略立案を担当。博士(工学)、技術士(応用理学)。
<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(316)量子計算実現の道に変化(外部リンク)