2025年11月28日

第315回「高度化する生成AI 人・社会の安全性議論」

システムやデータをサイバー攻撃から守るセキュリティー分野で最大規模の国際学会「USENIX Security」が8月に開催された。世界各国から1000人以上の研究者が参加し、440件の論文が発表されたこの学会は、セキュリティー研究のトレンドを示す羅針盤である。

悪用も巧妙化
発表から二つのトレンドが見て取れた。

一つ目は、生成AI(人工知能)などの高度化するAIに関する研究である。

現在の生成AIは、テキストに加えて音声や画像など、複数の異なる種類の情報を統合的に処理できる。写真にある料理の作り方を音声で生成AIに質問し、テキストで回答を得るといった利便性の向上が見込まれるが、一方で新たなリスクも潜む。生成AIに「不適切な内容」を判断する機能が十分に備わっていなければ、例えばいじめやハラスメント、自傷行為の方法などについても同じように回答し、それらの行為を助長してしまう恐れがある。学会では高度化するAIの新たなリスク対策に関する論文が発表されていた。

二つ目は、電子メールやSNS、生成AIなどの情報技術の進展によるリスクから「人・社会」を守ることを目的とした研究である。フィッシング詐欺にだまされないよう支援する技術や、ウクライナ侵攻におけるSNSを用いた世論操作に関する投稿を分析し、不適切な投稿を抑制する研究などが発表された。

今回の国際学会では、セキュリティー分野の主要なテーマであるシステムに加えて、AIに関する発表が100件、人・社会に関する発表が63件あり、研究対象の広がりが感じられた。これは、AIやSNSなどの情報技術の進展によって犯罪や世論操作の手口が巧妙化し、人・社会を守る重要性が増していることの表れといえるのではないか。

多分野で連携を
システムを守る観点では、すでに情報分野の専門家が連携してセキュリティー研究に取り組んでいるが、人・社会を守るには従来の枠を超えた分野連携が必要である。

例えばSNSなどを用いた詐欺や世論操作には、人間の思考や行動の特性が巧みに利用されている。人・社会を守るためには、情報分野に閉じず、心理学、認知科学、社会学などの分野との連携も不可欠である。

冒頭の国際学会では、従来の枠を超えた研究事例はまだ見られなかった。安心・安全な社会を実現するために、分野連携による研究の進展を期待したい。

※本記事は 日刊工業新聞2025年11月28日号に掲載されたものです。

<執筆者>
福井 章人 CRDSフェロー(システム・情報科学技術ユニット)

岡山大学大学院工学研究科修了。電気機器メーカーで有線系通信技術・3G/4G移動体通信技術などの研究開発・標準化に従事。21年から現職。セキュリティー分野の研究開発戦略立案を担当。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(315)高度化する生成AI、人・社会の安全性議論(外部リンク)