第313回「EUの施策前試行 参考に」
欧州連合(EU)が複数年にわたり研究開発や人材育成など幅広く資金提供する「研究・イノベーション枠組みプログラム(Framework Program=FP)」では、新たな施策の本格導入前に、検討段階から試験的に一部を実施し、その結果を検証して生かしている。このようなEUの手法は、日本でも注目されている。
迅速な対応
例えば、現行FP(2021-27年)の一環として25年10月に公募を開始した「MSCA Choose Europe for Science」は、研究環境の悪化に直面するポストドクターを支援するため、欧州での長期的な雇用促進を図る試験的施策である。初期の数年間はEUが資金を提供し、その後の2年間は受け入れ機関が負担する。当初は次期FP(28-34年)での導入が検討されていたが、米国政府が研究開発予算削減を打ち出したことなどを受け、研究者の国際的な移動に伴う人材確保への迅速な対応の必要性が議論された結果、前倒しでの実施に至った。
検証重ね改善
試験的施策が円滑な本格導入につながった例として、前期FP(14-20年)で18年に試行設置した資金提供機関「欧州イノベーション会議(EIC)」がある。研究成果を十分に商業化できていないという課題に対応するため、基礎研究から市場展開まで一貫した支援を行っている。
試行設置段階では、助成金と株式投資のハイブリッド型支援や、米国国防高等研究計画局(DARPA)を参考にしたプログラム・マネージャー制度が導入された。当初は、資金提供の条件や手続きについて、関係者の理解が不足していたため混乱が生じたが、検証と改善を経て、現行FPでの正式発足に至った。
一方で、厳格な手続きに伴う資金提供の遅延や、EUが資金提供した研究成果の域内での活用不足など、懸念事項も残っている。現行FPではこれらの課題を踏まえた改善策を試験的に実施予定であり、その結果を検証して次期FPでの運用に役立てる。
このようにEUでは、柔軟性を確保しつつも長期的課題への対応力を高めている。世界情勢が急速に変化する中、日本で検討が進められている第7期科学技術・イノベーション基本計画(26-30年度)においても、施策を試験的に導入して継続的に改善を図るEUの手法は参考になり得る。

※本記事は 日刊工業新聞2025年11月14日号に掲載されたものです。
<執筆者>
森 京子 CRDSフェロー(STI基盤ユニット)
一橋大学大学院法学研究科修士課程修了後、同大学院博士課程に在籍中。民間企業でのデータ関連政策調査などを経て、25年1月から現職。EUの科学技術・イノベーション政策調査を担当。修士(経営法)。
<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(313)EUの施策前試行を参考に(外部リンク)