第310回「ノーベル物理学賞 量子計算機の源流」
2025年のノーベル物理学賞は、量子力学がミクロな世界だけでなく、マクロな世界でも成立することを示した米国のジョン・クラーク氏、ミシェル・デヴォレ氏、ジョン・マーティニス氏に授与されることが決まった。彼らの研究内容と、その成果が現代の量子コンピューター(量子計算機)の源流の一つと位置付けられる理由について述べる。
「巨視的」に成立
1980年代中頃、物理学では「ミクロな世界の物理法則である量子力学はどこまで適用できるのか」、すなわち我々が暮らす目に見える世界でも量子力学は成立するのか、という根本的な問いが注目されていた。彼らはこの問題に挑むため、二つの超伝導体の間に薄い絶縁層を挟んだ接合(ジョセフソン接合)を用いて実験を行った。
ジョセフソン接合では、電子のペア(クーパー対)が絶縁層を通過し、電圧をかけなくても超伝導電流が流れる。超伝導体内部では、多数のクーパー対が集団として振る舞い、まるで一つの巨大な粒子のような状態(巨視的量子状態)を形成する。ジョセフソン接合の巨視的量子状態を特徴づけるのが、二つの超伝導体の中での集団の動き(波動関数)のずれ(位相差)であり、その振る舞いが実験的に調べられた。
その結果、エネルギーが連続的ではなくとびとびの値しか取れない「量子化」や、本来越えられないはずのエネルギーの壁を確率的に通り抜ける「トンネル効果」といった、量子力学における最も基本的で特徴的な現象が確認された。これにより、超伝導体の位相差という巨視的な量においても、量子力学の法則が成り立つことが実験的に明らかにされた。
0と1に対応
彼らの研究を現代の量子情報の観点から見ると、この位相差の状態はマイクロ波で操ることができ、その二つの状態を0と1に対応させることで、超伝導量子ビットの基礎につながっている。この研究の成果はその後、量子コンピューターに生かされ、実際にデヴォレ氏とマーティニス氏は著名な開発者として活躍している。
現在、量子コンピューターは、従来にない計算能力を人類にもたらす可能性がある技術として、世界的に開発競争が激化している。まだその趨勢は見通せないが、中長期的な研究開発が重要となる。特に日本は、米国などと比べて民間部門からの関連の研究開発投資が遅れており、世界をリードしていくためには、こうした状況をどう乗り越え優位性を築くかが課題である。

※本記事は 日刊工業新聞2025年10月24日号に掲載されたものです。
<執筆者>
岡本 穏治 CRDSフェロー(ナノテクノロジー・材料ユニット/エビデンス分析グループ)
東京大学大学院理学研究系化学専攻修士課程修了。民間会社で計算化学、計算物理、量子計算などの研究開発に従事。24年より現職。エネルギー材料分野の俯瞰調査および計量書誌学を担当。
<日刊工業新聞 電子版>
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