2025年6月6日

第291回「仏、研究人材獲得を主導」

研究人材の獲得をめぐり、フランス政府が迅速に策を講じている。2025年に入って研究開発予算を相次いで削減している米国などから研究者を招こうとする欧州委員会(欧州委)の計画に呼応するとともに、その発表を主導したり、自国独自のプログラムを設けたりして、欧州域内で優位に立とうとしている。

欧で機先制す
5月5日、パリを訪問したフォンデアライエン欧州委員長は、新たに欧州を拠点とする研究者を支援する施策「チューズ・ユーロップ・フォー・サイエンス」(科学するなら欧州を選ぼう)を発表した。最長7年という異例の長期支援プログラムなどを展開し、欧州委として3年間で5億ユーロを投じる。発表にはマクロン大統領が立ち会い、米トランプ政権を念頭に「あれもダメ、これもダメという押しつけを拒もう。その意味でこの施策は極めて重要だ」と欧州委を持ち上げてみせた。

実はフランス政府はその半月前、域外から欧州に移籍しようとする研究者を支援する目的で、3年間で1億ユーロを投資する独自の施策を発表していた。その名も「チューズ・フランス・フォー・サイエンス」(科学するならフランスを選ぼう)。通称を欧州委と同じ「チューズ」にそろえて認知度向上を図りつつ、自国の計画を先に発表して機先を制した形だ。さらに欧州委の計画をパリで発表するようお膳立てすることで、人材獲得を強力に主導しようとしている。

頭脳流出の反省
フランス政府が人材獲得に貪欲な背景には、欧州で政治的な主導権を取ることのみならず、待遇差などの要因から長年、米国などへ頭脳流出が続いたことへの危機感がある。かつてフランスから米国などに移った研究者がのちにノーベル賞やフィールズ賞を受けた実例が、00年代以降複数あり、そのたびにフランスでは「移籍や出戻りに適したポストの創設」や「博士号取得者の国内での地位向上」などの議論が提起されてきた。政府も関連施策を進めてきたが、十分な効果が実証されておらず、今回の「チューズ」で風穴を開けたいものとみられる。

日本では、米国の留学生を受け入れようとする動きが各大学などで5月下旬ごろから徐々に明らかになっているが、今後は研究人材の獲得をめぐる動向も大きく変化する可能性がある。当然、研究人材の外国からの移籍や出戻りの促進も重要な課題であり、フランスや欧州など外国の動きをにらみつつ、早急に独自の施策を具体化して実行に移すことが必要であろう。

※本記事は 日刊工業新聞2025年6月6日号に掲載されたものです。

<執筆者>
内田 遼 CRDSフェロー(STI基盤ユニット)

慶応義塾大学経済学部卒業。全国紙記者などを経て、22年1月より現職。主にフランスの科学技術・イノベーション政策の動向調査を担当。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(291)仏、研究人材獲得を主導(外部リンク)