第278回「カナダの技術革新創出 NPO・大学が下支え」
多組織が協働
カナダでは、連邦政府がAI(人工知能)や量子技術、高度人材誘致などの国家戦略を推進し、州政府が地域の特性を生かした研究開発を推進することで国際競争力を育んでいる。こうした政策的なアプローチに加え、各地でイノベーション創出に向け多彩な組織が協働するエコシステムが活発に動いており、特に民間非営利団体(NPO)や大学が重要な役割を果たしている。
起業経験者や博士号取得者、大学や政府機関出身者などの多様な人材で構成される高い専門性を有したNPOがイノベーションを下支えしている。例えば、AI分野の国家戦略「汎カナダAI戦略」を推進するのは、トロント、モントリオール、エドモントンにあるNPO運営のAI研究所である。北米最大級のイノベーションハブを運営するMaRSや、国際的なアクセラレーター(スタートアップや事業を支援する人材や団体)のCDLもNPOである。
連邦政府は「戦略的科学基金」という施策を通じて、24のNPOに対し最大8.6億カナダドルを支援しており、NPOの柔軟な運営や、採算が取りづらい取り組みを支えている。
知と人材の基盤
カナダの大学は、THE世界大学ランキング2024で上位200位に8校がランクインし、その学部生の合計は約35万人に上る。各大学は地域の特色を生かした研究を進めており、例えばトロント大学ではAI研究や、病院と連携した医療研究が活発である。大西洋側のダルハウジー大学では海洋研究に強みを持つ。
カナダに来る留学生の多くは、卒業後の就職や永住権獲得を見据え、インターン研修への参加に積極的であり、移民政策と大学教育の好循環が起きている。インターン先は国内に限らず、例えばカナダの学生を日本企業に派遣する「日加コー・オプ・プログラム」を通じて、日本でインターンを経験する学生もいる。こうして世界中からカナダに集まった学生が、国内外の企業などで経験を積み、イノベーション創出と国際ネットワーク構築に貢献している。
連邦政府が22年に発表した「インド太平洋戦略」では高度人材の誘致を含む人的交流を柱の一つに掲げるなど、カナダは「頭脳循環」のハブとして存在感を高めている。日加の交流を一層深めるとともに、カナダの先進的な取り組みを参考事例として、日本の課題や実情に照らして検討することも有益であろう。
※本記事は 日刊工業新聞2025年2月28日号に掲載されたものです。
<執筆者>
田村 泰嗣 CRDS特任フェロー(STI基盤ユニット)
早稲田大学大学院先進理工学研究科修士修了。文部科学省入省。内閣府出向も含め、宇宙、ナノテク、核融合を担当。米マサチューセッツ工科大学(MIT)留学を経て、22年より在加日本国大使館で科学技術などを担当。24年4月より現職を兼務。
<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(278)カナダの技術革新創出、NPO・大学が下支え(外部リンク)