第266回「研究成果の社会への発信 結果でなく、導き方重要」
研究成果の社会への発信は、科学者としての大きな責務である。しかし、その方法が肝心である。科学者は自らの研究に真摯に対峙すべきで、独善的解釈に陥ってはならない。論文として第三者による評価(査読)を経たり、「この成果は○○誌に発表された」といった注釈を付けることで、一定の客観性が確保される。従って、このような裏付けなしにテレビや新聞で研究成果を発信することには、慎重な考慮が必要である。
科学活動においては、新たな概念の創出などに加え、その成果が社会に実装されることも期待されている。それ故に科学に関する間違った夢を与えたり、夢を壊したりすることはできるだけ避けなければならない。特に、ライフサイエンス・医学の分野では、その結果の応用が個人や社会に大きな影響を与えうるため、より一層の慎重さが求められる。
論文発表の課題
一方で、論文発表についても深刻な事態は存在する。10年ほど前、米国の大手製薬会社が、有名ジャーナルに発表されたがん研究に関するデータの再現性について調べたところ、確認できたのは全体の11%に過ぎなかったという事実が報じられた(Nature, 483,531-533, 2012)。これに類似の結果は、ドイツの大手製薬会社の調査でもほぼ同時に報告された。その後、程度の差はあれ、データの再現性については深刻な懸念が持たれ、ジャーナルなどに報告されている。
この背景には、研究者が過度に成果を強調したい、競争社会で勝ち残りたい、といった現代科学の底流にある問題や、科学教育のあり方といった多様な要素が絡んでいると考えられる。「再現性に問題がある=研究不正」とは一概に言えないが、科学のあり方をねじ曲げている可能性があるだろう。誤った成果の拡散が社会に大きな損失をもたらすことは避けなければならない。この問題に特効薬はないが、このまま放置することができないことも明らかだ。
本質を共有
科学をめぐる現代の課題は多岐にわたり、解決法を見いだすのは容易ではない。しかし、その第一歩として科学者コミュニティーがいま一度、「科学とは何か?」という本質を共有し、それを教育に活かし、社会の理解を得ていくことが大切ではないだろうか。科学において重要なことは結果ではなく、その導き方にある。
※本記事は 日刊工業新聞2024年11月29日号に掲載されたものです。
<執筆者>
谷口 維紹 CRDS上席フェロー
スイス・チューリヒ大学大学院博士課程終了(Ph.D.)。がん研究会がん研究所部長、大阪大学細胞工学センター教授、東京大学医学部教授を歴任。東大名誉教授。米国科学アカデミー、米国医学アカデミー会員。専門は分子免疫学。
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