第261回「ノーベル物理学賞 AI発展、授賞後押し」
基礎構築を評価
2024年のノーベル物理学賞は、人工ニューラルネットワーク(ANN)による機械学習を可能にする基礎的な発明をした、ジョン・ホップフィールド氏(米)とジェフリー・ヒントン氏(カナダ)に授与されることが決まった。
ANNは脳の神経回路網を模した計算モデルである。近年大きく発展してさまざまな応用が広がっている人工知能(AI)の中核技術が、ANNを用いた機械学習技術であり、両氏がその基礎を築いたことが評価された。ホップフィールド氏のモデルは、物理学における原子などのスピン特性を扱うために発想されたアイデアをもとにしており、これをヒントン氏は統計物理学の理論などを用いて改良した。
その後、ヒントン氏が大規模なANNを用いたディープラーニングの研究を先導したことが、10年代の第3次AIブーム、そして現在の生成AIブームにまでつながった。
ANNはコンピューター科学の業績ととらえられることが多く、その基礎に物理学の発想があったとはいえ、物理学賞が授与されるというのは多くの人にとって全く予想外のニュースであった。ANNが既に社会や科学の発展に大きなインパクトをもたらしているという事実が、この授賞を後押ししたのであろう。
最先端研究 貢献
物理学の発想は、ANNの基礎を支えただけでなく、画像生成AIの高品質化を可能にした拡散モデルや、量子計算による機械学習方式など、現在も最先端のAI研究に貢献している。
一方、物理学におけるAI技術の活用も急速に進んでいる(グラフ参照)。例えば、素粒子物理分野では、膨大な加速器データから注目現象を選別するために機械学習が活用されている。物性物理分野では、機械学習を用いることで高速な原子レベルシミュレーションが可能になり、材料特性の現象解明に役立っている。
このようなAIと物理学の融合の動きは18年頃に既に日本国内で活発化しており、日本物理学会と人工知能学会との合同企画セッションや学会誌での特集などが組まれている。22年には、物理学と機械学習の融合に取り組む科学研究費助成事業として「学習物理学の創成」がスタートした。
AIとの融合は、物理学だけでなく、あらゆる科学分野で急速に進みつつある。この融合を加速する仕組みの強化と人材育成が、科学の国際競争力確保に不可欠である。
※本記事は 日刊工業新聞2024年10月25日号に掲載されたものです。
<執筆者>
福島 俊一 CRDSフェロー(システム・情報科学技術ユニット)
東京大学理学部物理学科卒、IT企業にて自然言語処理・情報検索の研究開発に従事後、16年から現職。工学博士。11-13年東大大学院情報理工学研究科客員教授、情報処理学会フェロー。
<日刊工業新聞 電子版>
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