第260回「リボ核酸の研究開発 優先度の高いテーマ」
新原理の発見
2024年のノーベル生理学・医学賞は、細胞内で遺伝子の働きを調節する基本的な原理を発見した、ビクター・アンブロス氏(米)とゲイリー・ラブカン氏(米)に授与されることが決まった。
ヒトは約60兆個の細胞でできており、全ての細胞は同じデオキシリボ核酸(DNA)を持つ。DNAは遺伝子情報をつかさどる。
しかし、ヒトの体は神経細胞、筋細胞、脂肪細胞、免疫細胞など、異なる機能を持った細胞で構成される。すべての細胞は同じDNAを持つにもかかわらず、このような違いが見られるのはなぜか。20世紀後半より、この謎に魅了された多くの生命科学研究者が多様なアプローチで研究を進めてきた。
1980年代後半、アンブロス氏とラブカン氏は、線虫という1ミリメートル程度の生物(約1000個の細胞で構成)において、発生・成長のどのタイミングでどの遺伝子が活性化するかを調べた。
93年、非常に短いリボ核酸(RNA)「マイクロRNA」が遺伝子の働きを調節する役割を担うことを国際誌で報告した。さらに2000年、動物でも同様の現象が見られるとラブカン氏が発表したところ、大きな注目を集めた。
その後、世界中の研究者がマイクロRNAの研究を開始した。現在、ヒトでは1000種類以上のマイクロRNAが発見され、それらとヒトの健康や疾患との関係性が次々と明らかになっている。
巨大市場を形成
21世紀に入り、RNAに関連するノーベル賞の受賞が相次ぐ。06年に受賞対象となったRNA干渉(RNAi)は、新しいタイプの医薬品である核酸医薬につながり、巨大な世界市場を形成しつつある。
23年に受賞対象となったメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンは、新型コロナウイルス(COVID-19)の予防のために世界中で接種され、また将来のパンデミック(世界的大流行)対策としても重要な位置付けにある。今回のマイクロRNAは、医薬品やワクチンに直結する応用研究ではなく、生命現象の本質に迫る基礎的な大発見である。
基礎と応用の両面で、RNAに関連するノーベル賞級の成果が挙げられてきたが、現在もRNA研究はさらなる広がりを見せる。基礎研究ではたんぱく質を作る情報を持たないノンコーディングRNAの研究が進み、応用研究ではRNA編集治療やトランスファーRNA(tRNA)治療の研究が進む。RNAは古くて新しい重要な研究対象であると言え、わが国においても優先度の高い研究開発テーマである。
※本記事は 日刊工業新聞2024年10月18日号に掲載されたものです。
<執筆者>
辻󠄀 真博 CRDSフェロー(ライフサイエンス・臨床医学ユニット)
東京大学農学部卒。ライフサイエンスおよびメディカル関連の基礎研究(生命科学、生命工学、疾患科学)、医療技術開発(医薬品、再生医療・細胞医療・遺伝子治療、モダリティー全般)、医療データ、研究環境整備などさまざまなテーマを対象に調査・提言を実施。
<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(260)リボ核酸の研究開発、優先度の高いテーマ(外部リンク)