第259回「便利になった書誌情報 分野ごとに振興策必要」
定量的に分析
イノベーションにつながる研究開発の戦略を立てる上で、科学技術の全分野を俯瞰して有望な萌芽領域を迅速に見いだし、的確に動向を把握することは重要だ。近年その手段として広く現場で用いられるようになったのが計量書誌学だ。国際的な文献データベースに基づき、書誌情報を定量的に分析する手法である。
20年ほど前までは、論文の著者や研究機関を同定するために分析者が自ら名寄せ作業をする必要もあり、分析結果が出るまでに何カ月も人手を要した。昨今では、論文発表からデータベース収録までの時間が短くなっただけでなく、データベース上、あるいはその分析ツール上で著者や機関が同定されており、分析機能も備える。便利になって分析者の裾野が広がるとともに、経営者や政策立案者が求める分析結果を短期間で提供できるようになった。
多様な観点
書誌情報には、研究者、研究機関と所在地、引用文献など、研究活動についての情報が豊富に含まれる。これらを巧みに組み合わせると、国や機関の研究ポートフォリオ、共働関係、研究者の移動歴など、多様な観点で分析できる。
データベースの項目は日々拡充されている。例えば研究資金についての情報は、以前は本文の謝辞から目視で拾っていたが、今ではデータ項目の一つだ。データベースによっては、特許や政策文書などからの引用、会員制交流サイト(SNS)で言及された情報も収録されており、論文が実社会に与えた影響も分析できる。
ここでは、近年急速に発展している人工知能(AI)について分析した例を紹介する。AI分野の中心的な学会である米国人工知能学会(AAAI)にて学術発表した最終著者を「AIの専門家」として、AIに関連したキーワードを含む文献を「AIに関連した研究」とする。
その上で、各学術分野の文献に占める「AAAI最終著者による文献の割合」を横軸、「AIに関連したキーワードを含む文献の割合」を縦軸として各学術分野をプロットした。その結果、AIに関連した研究が多いほどAIの専門家が多く関わっているということが多くの分野について言えた。
一方で、AIの専門家ではない研究者がAIを道具として活用していると思われる分野(地球科学、物理学)と、AIの専門家自身が多く研究している分野(数理科学、経済、言語・コミュニケーション・文化)とが見いだされた。このように、AIが広範な分野に浸透しつつあるなかで、分野の特性に応じた振興策が求められるだろう。
※本記事は 日刊工業新聞2024年10月11日号に掲載されたものです。
<執筆者>
山下 泰弘 CRDS副主幹
電気通信大学大学院情報システム学研究科博士後期課程中退。産業技術総合研究所技術と社会研究センター、山形大学評価分析室などを経て、現職。主に計量書誌学に関連する分析業務に従事。
<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(259)便利になった書誌情報、分野ごとに振興策必要(外部リンク)