第258回「デジタル空間で気候予測精緻化 欧米中、開発が顕著」
デジタル地球
直近の気象災害や数カ月から数十年先の気候変化をデジタル空間上で精緻に再現・予測して、社会・経済活動上の意思決定や対策に生かすためのシステム開発が進んでいる。デジタル地球とも呼ばれるこのシステムの中核を担うのが「全球高解像度モデル」だ。地球全体(全球)を対象とした数値モデルである。この分野は2000年代から日本が先行してきたが、ここ数年は他国の取り組みが顕著で世界的なうねりになっている。
全球高解像度モデルでは地球を細かい格子に区切り、格子上の各点で空気や水蒸気、熱の状態を計算する。水平格子間隔はキロメートル規模と細かく、現在主流の「全球気候モデル」が数十キロメートル規模と粗いゆえに捉えきれない雲などの振る舞いを直接的に計算できる。そのため台風などの極端現象(豪雨や暴風)を物理的に表現できる。
欧州連合(EU)は「デスティネーション・アース・イニシアチブ」を22年1月に開始した。そこでは全球高解像度モデルの開発、データ基盤の整備、サービスプラットフォームの構築の3本柱を進める。またその成果はグローバルサウス(南半球を中心とした新興・途上国)をはじめ域外の人々も容易に利用できるようにする。24年6月には早くも第1段階の完了を大々的に宣伝し、気候変動適応のためのシナリオ解析と極端現象の予測に用いる高解像度モデルを公開した。
米国でもエネルギー省が高解像度モデルの開発に巨額の予算を投じており、連邦政府の優先研究開発項目の一つになっている。中国も潤沢な研究費を背景に実力を高めている。そのほか、国際的なプラットフォーム構築を志すEVE(イヴ)構想なるものも国際会議(ベルリン)で23年に発表され注目されている。
どうする日本
日本の状況はどうか。残念ながら欧米ほどの盛り上がりは見られない。専門家たちの間では話題に上るものの、一般社会はもとより科学技術政策の現場での認識もまだ薄い。
従来の全球気候モデルは低解像度ゆえに計算コストが相対的に小さく、長期予測が得意であるといった高解像度モデルにはない利点がある。両者は相補的であり、おのおのの利点をどのように生かして、予測技術として高度化させていくかの視点が必要だ。日本の優位性を生かしつつ今後いかに研究開発を進め、成果を社会還元するか。開かれた場での議論を積み重ねてゆく必要がある。
※本記事は 日刊工業新聞2024年9月27日号に掲載されたものです。
<執筆者>
中村 亮二 CRDSフェロー(環境・エネルギーユニット)
首都大学東京大学院博士後期課程修了。博士(理学)。JSTにて調査分析・政策提言などに従事。内閣府への出向を経て現職。戦略プロポーザル「極端気象災害と気候変動リスクへの対応強化に向けた近未来予測」(2022年)を担当。
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