第257回「核酸医薬市場 世界で成長 28年3兆5,000億円規模」
日本で存在感
2010年代後半、新しいタイプの医薬品の種類(創薬モダリティ)の一つである核酸医薬が各国で市場を形成し始めた。
核酸医薬とは、生物の遺伝情報を担う核酸(DNA)を化学的に合成し、治療機能を高めるためにさまざまな化学修飾を施して作られた医薬品であり、患者の遺伝子発現を制御し治療につなげることが期待されている。
40年以上前から研究開発が地道に進められ、13年に家族性高コレステロール血症の治療薬「Kynamro」の登場を皮切りに製品が次々と登場し、21年の世界市場は5,000億円、28年には3兆5,000億円規模への成長が見込まれる。
日本は核酸医薬の重要な基盤である核酸化学分野に強い。海外で開発された多くの核酸医薬に日本発の化学修飾技術が活用されており、また日本の製薬会社が開発したデュシェンヌ型筋ジストロフィーの新規治療薬「Viltepso」が市場投入に成功するなど、核酸医薬における日本の存在感は大きい。
特殊な構造の核酸医薬設計や立体化学(キラリティー)を制御した核酸合成をはじめ、次世代の核酸医薬の根幹を担いうる日本発の新技術も次々と登場しており、今後もさらなる展開が期待される。
広がる対象疾患
米国で、世界に1-10人しか存在しない非常に珍しい遺伝子変異を有する患者に対し、核酸医薬をオーダーメードで開発・製造し、規制当局側の迅速な対応により、わずか1年で患者への投与に至った事例が18年に登場した。開発から投与までの費用は7,000万円を超えたが、民間財団が費用を負担することでその後も治療実績が徐々に増加している。
世界に12億8,000万人の患者が存在する高血圧の治療薬としても期待が高まっている。欧米では、従来型の薬では治療が困難な高血圧患者に対する核酸医薬の臨床試験が進行中だ。従来型の薬は毎日服用する必要があるが、核酸医薬は1回の投与で6カ月近く治療効果が持続したとの中間結果が発表された。 臨床試験の最終的な結果発表が待たれるが、従来型の医薬品が過去数十年にわたって席巻してきた巨大な高血圧市場で、核酸医薬の存在が大きくなる可能性がある。
わが国でも引き続き、さまざまな疾患に対する核酸医薬の治療標的探索や技術開発、臨床試験を推進し、医療保障制度の持続性を確保した適切な社会実装に向けた検討が重要である。
※本記事は 日刊工業新聞2024年9月20日号に掲載されたものです。
<執筆者>
辻󠄀 真博 CRDSフェロー(ライフサイエンス・臨床医学ユニット)
東京大学農学部卒。ライフサイエンスおよびメディカル関連の基礎研究(生命科学、生命工学、疾患科学)、医療技術開発(医薬品、再生医療・細胞医療・遺伝子治療、モダリティー全般)、医療データ、研究環境整備などさまざまなテーマを対象に調査・提言を実施。
<日刊工業新聞 電子版>
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