第255回「米の研究セキュリティー 現場・行政つなぐ連携」
対話と合意形成
米国では、技術移転による知的財産の不当な搾取など、外国からの不当な影響から研究を守る「研究セキュリティー」の取り組みが進んでいる。米国の研究セキュリティーにおいては、「国家安全保障大統領覚書33号(NSPM-33)」「半導体・科学法」などの法律を通して、省庁や資金配分機関に対して施策を講ずることが求められている。公的研究費を受ける大学や研究者は、省庁や資金配分機関の定める研究セキュリティー対策を行う。
一見すると、大統領覚書や法律を介したトップダウンによる研究セキュリティー対策に見えるが、実情は省庁や資金配分機関と研究コミュニティーとの間で、丁寧な合意形成がなされた上で進められている。
米国では研究コミュニティーを代表する機関がいくつかあり、政府が新たな政策を立案する際、それらから事前に意見を集約するサイクルができている。研究セキュリティー政策においても、省庁や資金配分機関、研究者、研究管理を行う実務者などのステークホルダーで頻繁な情報共有と調整がなされる。
例えば、研究セキュリティーの根拠文書の一つである「NSPM-33」は、報告書「基盤的研究の安全保障」を参考にしている。同報告書は、米国の国家安全保障などに関する課題に対して独立した立場から助言を行う科学者グループ「JASON」によって作成された。
利益相反や責務相反の情報開示、リスクの特定とマネジメント強化、法執行機関などとの連携が提案されており、現在の米国の研究セキュリティーの方向性を形作ったと言える。
運用現場の意見
研究セキュリティーのガイドライン(「研究セキュリティープログラム」)の策定においても、研究コミュニティーとの意見調整がなされている。大統領府科学技術政策局(OSTP)は、研究現場に求める研究セキュリティーの水準について、正式なプログラムが示される前にドラフト版を公開している。
その際、研究管理を行う実務者が所属する米国大学協会などの機関は、リスク判断基準の明確化、導入時のコストなど、現場での運用上の観点からの意見を表明している。OSTPはこれらの意見を踏まえ、2024年7月に「研究セキュリティープログラム」のガイドラインを公開した。
このように米国では、科学者による助言グループや研究管理の実務を担う機関が、研究現場と行政との架橋として機能している。わが国の研究セキュリティーの議論においても、研究コミュニティーと行政との丁寧な合意形成や対話が望まれる。
※本記事は 日刊工業新聞2024年9月6日号に掲載されたものです。
<執筆者>
鈴木 和泉 CRDSフェロー
国立大学専門職員、コンサルティング会社シニアコンサルタントなどを経て現職。これまでに国連の持続可能な開発目標(SDGs)とインクルーシブイノベーション、介護ロボットなどのプロジェクトに従事。現在は、経済安全保障と新興技術の調査分析業務担当。法学・政治学修士。
<日刊工業新聞 電子版>
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