第254回「産業活性化推進 NSF、全米に拠点」
地域格差に対処
シリコンバレーやボストンといったハイテク産業の集積地は、米国においてイノベーション活動が活発な地域として知られる。一方で、米国全体で見ると、これら一部の地域に人材やインフラなどのリソースが集中し、他の地域の活動は相対的に低調であることが課題となっている。こうした地域格差に対処し、国全体の研究開発能力や産業競争力の底上げにつなげるべく、近年、連邦政府は地域におけるイノベーションの推進に注力している。
代表的な取り組みの一つが、2022年に国立科学財団(NSF)が開始した「地域イノベーションエンジン」プログラムである。同プログラムは、地域の社会課題解決や産業活性化に向けた取り組みの推進拠点を全米各地に構築するものだ。各地域が構想の実現に向けて、大学、企業、非営利機関、自治体など関係者間の連携を強化しながら、イノベーション創出に向けた研究開発や人材育成、社会実装などを自律的に推進することを目指している。
NSFは、まず23年5月に、拠点作りに意欲を持つ地域を対象に、構想やネットワーク作りのための資金を助成した上で、翌24年1月に本格的な拠点構築に係る提案を採択した(表)。各拠点のテーマには、地域特有の気候や水に関する課題のほか、スマート農業、再生医療、繊維など地域産業振興の核となる分野が並ぶ。各拠点には、10年の長期にわたり、総額1億6,000万ドルが投じられる予定だ。
大学の参画促す
郊外や農村部も含めた全米に拠点を展開するには、地域コミュニティーに密着した小規模大学の参画を促すことが不可欠だ。NSFはこうした大学が、企業や政府との連携や、新興技術分野の人材育成などに新たに取り組むための資金も支援する。
また、拠点活動の展開を支援するため、地域間の情報共有や外部投資の呼び込みを促進するプラットフォームの開発も進めている。さらに、技術の実証と普及を推進する商務省の地域プログラムと協定を結び、研究リソースやネットワークの共有など相乗的な事業推進を図っている。
一連のプログラム設計からは、エコシステムに着目し、多様なステークホルダーを有機的に結びつけることを重視する姿勢が浮かぶ。大学周辺に企業を誘致するリサーチパークのような、従来型の地域振興策とは一線を画すアプローチと言える。わが国でも地域創生に向けたイノベーションの推進は重要な課題であり、こうした動きを注視することは有益だろう。
※本記事は 日刊工業新聞2024年8月30日号に掲載されたものです。
<執筆者>
長谷川 貴之 CRDSフェロー(STI基盤ユニット)
JST入職後、地域事業、情報事業、国際事業、日本学術振興会出向などを経て、18年より現職。米国の科学技術政策動向調査を担当。
<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(254)産業活性化推進 NSF、全米に拠点(外部リンク)