第250回「窒素排出削減に向き合う」
窒素は生物のたんぱく質に必須の元素であり、空気中には安定した状態で存在するが、アンモニア(NH3)、窒素酸化物(NOX)、硝酸塩といった反応しやすい化合物の形に姿を変えて、環境中を移動している。人間の生産・消費活動でその濃度が過度になれば、大気のみならず水質や生物多様性などの環境に負の影響を及ぼし得る。また、それらを元の窒素に戻そうとしても、集めること自体に多大なエネルギーが必要となり容易ではない。
2003年に専門家グループの「国際窒素イニシアティブ」が立ち上げられ、国際的な窒素動態調査や啓蒙活動が行われてきた。09年にはプラネタリーバウンダリーという概念の中で、地球の許容限界を超えるリスクの一つに窒素が挙げられている。そして19年と22年には国連環境総会で持続可能な窒素化合物管理に関する決議が採択され、加盟国に対し排出削減に向けた行動の加速が求められた。これを受けてわが国でも、行動計画が省庁を横断して策定されつつある。
流出で悪影響
こうした問題に関連する二つの事例を紹介する。
安定窒素から多くのエネルギーをかけて製造されたアンモニア肥料が、農業において有効に利用できるのはおよそ半分程度にとどまる。作物をすり抜けた肥料は土壌中の微生物により酸化されて硝酸塩に変わり、やがて水域に流出する。過度な流出は地下水汚染や湖沼・沿岸部でのプランクトンの大量発生など富栄養化の原因となる。その他、飼料作物を大量に必要とする畜産業も同様に窒素の問題に関連している。
工業や運輸における燃焼によってNOXガスが生成される。その一部は上空で粒子状物質(PM2.5)を形成し、酸性雨などの原因にもなり得る。これに対して、各国で大気の環境基準を満たすべく排出削減が進められてきた。
一方、カーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)に向けて水素やアンモニアを燃料として活用するという新しい動きがある。これらの燃料は二酸化炭素(CO2)を排出しないが、空気に含まれる窒素と酸素の反応からもNOXが生成されるため窒素に関する課題は残る。そこでわが国ではNOXを抑制する新たな燃焼技術の開発が進められている。
世界的な問題
国内の多様な分野の専門家らによる取り組みがあり、その中には食のあり方を見つめ直す社会科学的な検討も含まれている。世界的に重要視されている窒素の問題が日本では気付かれにくい理由は、食料の多くを輸入に頼っている事も関係している。自国のみならずグローバルな問題として捉える必要がある。
※本記事は 日刊工業新聞2024年7月26日号に掲載されたものです。
<執筆者>
真崎 仁詩 CRDSフェロー(環境・エネルギーユニット)
東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。エネルギー会社にて、機能性材料などの研究開発・マネジメントに従事後、21年より現職。カーボンニュートラルに向けたエネルギー分野の研究開発の俯瞰調査に従事。博士(工学)。
<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(250)窒素排出削減に向き合う(外部リンク)