2024年2月23日

第231回「世界の医薬品 新薬が市場成長のカギ」

急成長する市場
世界の医薬品市場の成長が著しい。1992年は約1500億$であった市場が、2021年は約1.1兆ドルとなり、28年には1.7兆ドルとなることが見込まれている。現在の市場の内訳は、主に従来型製品である低分子医薬と抗体医薬で構成されている。28年に向けて、これら市場は着実な成長が見込まれるが、新しい種類の医薬品がさらなる市場成長のカギを握る。

90年以降、新しい種類の医薬品の製品化を目指した研究開発が世界中で続けられてきた。例えば、核酸医薬(DNAなどの核酸分子から作られる医薬品)や、遺伝子治療(遺伝子そのものや遺伝子を組み換えた治療用細胞を投与する治療法)、細胞治療(細胞や組織を移植し機能的再生を目指す治療法)である。

10年代後半、長年にわたる研究開発が実を結び、画期的な核酸医薬や遺伝子治療の製品が登場した。それらは極めて高い治療効果を示したため注目を集め、販売開始後まもなく数億・数十億ドルの世界市場を形成した。こうした成功を契機に世界中で研究開発が活性化しており、今後も多くの製品が登場すると期待される。28年には核酸医薬が230億ドル、遺伝子治療が610億ドルの巨大市場を形成するとの見込みがある。

日本の戦略
わが国では細胞治療(再生医療)の研究開発が特に活発だが、現時点では大きな市場形成には至っていない。23年9月に人工多能性幹細胞(iPS細胞)から作製した心筋シートの重症心不全に対する臨床試験の最終結果が薬事規制当局に提出され、パーキンソン病や脊髄損傷に対する臨床試験も進行中である。市場を開拓するに至るのか、当面注目されるところである。

わが国は、従来型の医薬品では豊富な開発実績を有するが、これら新しい種類の医薬品では欧米の後塵を拝する。今後形成が見込まれる医薬品の新たな市場でわが国が存在感を示していくためには、より戦略的な取り組みが必要となる。

わが国のアカデミアでは、優れた基礎研究が数多く進められている。また、創薬スタートアップへの資金面の支援制度も着々と整備されている。しかし、わが国のアカデミアのアイデアを画期的な製品へと作り込むためには、資金面の支援だけでは不十分である。優れたアイデアを有する研究者に対して、さまざまな最先端の創薬技術や医薬品製造技術を有するアカデミアあるいは企業による支援、豊富な開発経験を有する専門人材による伴走型支援なども必要だ。

それら支援の枠組みは、低分子医薬などの従来型の医薬品では充実しているが、核酸医薬などの新しい種類の医薬品では未整備である。これら一連の仕組みを新たに構築することで、わが国発の画期的な医薬品の創出が加速するであろう。

※本記事は 日刊工業新聞2024年2月23日号に掲載されたものです。

<執筆者>
辻 真博 CRDSフェロー(ライフサイエンス・臨床医学ユニット)

東京大学農学部卒。ライフサイエンスおよびメディカル関連の基礎研究(生命科学、生命工学、疾患科学)、医療技術開発(医薬品、再生医療・細胞医療・遺伝子治療、モダリティー全般)、医療データ、研究環境整備などさまざまなテーマを対象に調査・提言を実施。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(231)世界の医薬品 新薬が市場成長のカギ(外部リンク)