2024年2月9日

第229回「市民と共創する先端科学」

研究者や研究機関が市民と協力して研究活動を実施する取り組みが、世界的に拡大している。インターネットを介して世界中のバードウォッチャーの記録を集約するeBirdや、銀河の写真の分類に市民が参加する天文学のプロジェクトGalaxy Zooなど、市民が協力した膨大なデータや分析結果が先端科学を前進させている。

欧米は推進支援
科学の専門家でない人々が行う科学的活動を「シチズンサイエンス」と呼ぶ。その概念は1990年代から存在する。2000年以降にインターネットの活用が進み、オンラインでのデータ収集や、ウェブプラットフォームでのデータ分析などを取り入れたことで、多くの市民が参加する大規模なプロジェクトが現れた。

欧米では、シチズンサイエンスを支援する組織(例、欧州シチズンサイエンス協会)が10年代に設立された。組織が好事例を共有し、シチズンサイエンスの実践における重要原則などのガイドラインを提示した。

政策面でも推進が支援され、欧州連合(EU)の研究・イノベーション枠組みプログラム「Horizon 2020」がシチズンサイエンスの研究を助成し、米国大統領府科学技術政策局(OSTP)がシチズンサイエンスのプロジェクト設計用ツールキットを提示した。

経済協力開発機構(OECD)は科学技術イノベーションへの市民参画の形態を整理して、科学研究のメカニズムの一つの手段としてシチズンサイエンスをどのように促進するかを議論している(図)。

日本、市民が活躍
日本のシチズンサイエンスの事例も多い。京都大学らの「雷雲プロジェクト」は、プロジェクトで開発したガンマ線モニターを金沢市の市民サポーターの自宅に設置させてもらい、雷雲が発射するガンマ線の検出に成功した。解析結果を国際学術誌で発表し、雷の発生メカニズムの解明につながる学術的発見として高い評価を得た。

また、国立歴史民俗博物館らの「みんなで翻刻」プロジェクトでは、市民が和古書のくずし字を読み解いて歴史研究を加速する。参加者の読み解きを支援する「くずし字認識AI」や学び合いを支援するウェブプラットフォームをプロジェクトが提供し、学習やコミュニケーションの楽しさを促進する。

日本政府は科学技術・イノベーション政策に関する中長期的な方針において、16年に「市民参画型のサイエンス」の推進に言及し、21年に「多様な主体が研究活動に参画し活躍できる環境整備」を計画に掲げた。計画の具体化はまだ道半ばである。

※本記事は 日刊工業新聞2024年2月9日号に掲載されたものです。

<執筆者>
山本 里枝子 CRDS上席フェロー

早稲田大学理工学部卒、電機メーカーにてソフトウエア技術の研究開発に従事。技術系役員を経て21年JST着任、23年より現職。分野融合型研究の国際比較などを執筆。博士(ソフトウェア工学)。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(229)市民と共創する先端科学(外部リンク)