2023年11月17日

第219回「材料創製にデジタルツイン」

材料開発効率化
「超強力な磁石」「大容量で安価な蓄電池」といった社会からの要望に応えるには、優れた性能を持つ材料を開発する必要がある。ところが、現行の材料は長年の性能向上に向けた努力の結果生み出されてきたものであり、さらなる飛躍的な性能向上には一般的に難しさを伴う。

2010年頃から、人工知能(AI)やデータ科学を用いることで新材料の発見や材料設計の効率化を目指した、マテリアルズ・インフォマティクスを中心に据えた研究開発が世界中で行われるようになった。しかし現状では、一部の触媒や磁性体などの新材料発見や、半導体結晶合成プロセスの効率化といったいくつかの成功事例を生み出したものの、全ての材料開発において大幅な時間短縮を実現するまでには至っていない。

この課題に一つの解を与える可能性があるデジタルツインは、現実の世界に存在する物質や装置を計算機上でモデル化し、それらの状態や動きを実際に実験を行わずに計算機上で精密に予測する技術であり、航空機のジェットエンジンの故障予知などで使われた実績がある。もし材料創製に使えるデジタルツインが構築できれば材料開発の効率化が実現できるが、そのためには物質科学に関わる多種多様な計算(計算物質科学)における課題を解決する必要がある。

デジタルツインを用いて材料創製を行うということは、材料開発の全プロセスを計算機の中に再現することを意味する。材料開発は、「設計」・「合成」・「評価」のサイクルを回すことで行われているため、これら全てのモデルを計算機の中に構築することになる。すなわち、材料中の原子・分子レベルの性質や、合成装置スケールの現象、利用される環境での刺激に対する応答などを計算機で予測する必要がある。

現象モデル化
近年、スーパーコンピューターが持つ高い性能を最大限に引き出す手法や機械学習の効果的な利用法が進展し、以前に比べてはるかに多くの原子を対象とした物質科学の計算が可能となった。また、電池の電極における化学反応のように、従来は計算が難しかった現象をモデル化する方法も発展してきている。

材料創製のためのデジタルツイン構築に向けては、計算物質科学の多くの領域で予測技術の一層の深化・統合を成し遂げていく必要があるが、その兆しは見え始めている。

※本記事は 日刊工業新聞2023年11月17日号に掲載されたものです。

<執筆者>
眞子 隆志 CRDSフェロー(ナノテクノロジー・材料ユニット)

東京大学大学院修士課程修了。電気メーカーにおいて、酸化物材料、燃料電池などの研究開発に従事。19年より現職、ナノテクノロジー・材料分野の研究開発戦略立案を担当。博士(工学)、技術士(応用理学)。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(219)材料創製にデジタルツイン(外部リンク)