第217回「ノーベル化学賞 光操る量子ドット」
特異なナノ粒子
2023年のノーベル化学賞は「量子ドット」と呼ばれるナノ粒子に生じる特殊な効果の解明と合成方法への貢献が認められ、米国在住のムンジ・バウェンディ氏、ルイス・ブルース氏、アレクセイ・エキモフ氏の3名に授与されることが決まった。
量子ドットは100万分の1ミリメートルというナノサイズの金属および半導体粒子であり、その粒子サイズにしたがい光学特性が大きく変化する。このような特殊な物理化学特性の発現は「量子効果」と呼ばれる。
量子ドットは、光や色に関するさまざまな用途での応用展開が期待されている。現在では、超高画質モニターなどに使用され、市販も始まっており、高い色再現性、低消費電力などの効果がある。また、太陽電池の高発電効率化や光触媒の高活性化などへの展開も進められている。さらには、量子ドットは、生体の細胞内における反応や変化の超高感度検出やイメージングにも応用されている。
微粒子による色の変化は、古くからステンドグラスの色ガラスなどでも利用されてきたが、その原理は理解されていなかった。エキモフ氏は、ガラス中に分散したナノ粒子の粒子サイズと光の吸収波長に相関があることを発見した。
これとは独立して、ブルース氏は、液中に分散したナノ粒子の成長過程において粒子サイズと溶液の色の相関関係を明らかにするとともに、それを説明する理論を構築した。バウェンディ氏は、狙った粒子サイズで、かつ高い結晶性を持つ量子ドットの合成方法を開発した。
これらの成果により色純度の高い量子ドットを安定的に合成できるようになり、さまざまな応用への道が開かれた。ちなみに、エキモフ氏は上記の発見時点では旧ソ連の研究者であったが、1999年以降は米国で研究を行っている。
量子マテリアル
金属や半導体微粒子の研究の源流には日本の研究者の貢献も大きい。量子ドットをさらに高機能化する研究や、今回の受賞とは異なる半導体薄膜成長技術による量子ドットの製造方法においても日本の研究者が貢献している。
また、ナノサイズの構造により顕在化する「量子効果」を生かした材料としては、グラフェンやカーボンナノチューブなどの低次元材料、トポロジカル絶縁体、量子スピン液体など、次々と新奇なものが発見されてきている。これらの材料は革新的なエレクトロニクスやセンサーへの活用が期待され、新たな研究分野として注目されている。量子マテリアルは、わが国の重要戦略の中でも取り上げられており、今後のさらなる展開が期待される。
※本記事は 日刊工業新聞2023年11月3日号に掲載されたものです。
<執筆者>
福井 弘行 CRDSフェロー(ナノテクノロジー・材料ユニット)
東京大学大学院工学系研究科修士課程修了後、総合化学メーカーにて、触媒、機能性材料などの研究開発に従事後、20年より現職。ナノテクノロジー・材料分野の研究開発戦略立案を担当。博士(工学)。
<日刊工業新聞 電子版>
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