2023年10月27日

第216回「ノーベル物理学賞 超高速世界 照らす光」

極短時間の発光
2023年のノーベル物理学賞は、アト秒(100京分の1秒)という極めて短い時間だけ光る「アト秒光パルス」を作る方法を開発した、アンヌ・ルイエ氏(スウェーデン)、ピエール・アゴスティーニ氏(米国)およびフェレンツ・クラウス氏(ドイツ)の3氏に贈られることになった。

100分の1秒が勝敗を分ける陸上競技では、1秒間に3000枚の高速撮影をしている。同じように、水素原子核を約150アト秒で1周する電子の一瞬を捉えるには、アト秒の超高速観察技術が必要である。アト秒光パルスは、電子用の超高速ストロボとしての活用が期待されている。

電子は、原子間の結合などさまざまな物理現象を担っている。このため、電子の超高速の動きを実際に観察することは、瞬間的な物理現象や化学反応の理解につながり「アト秒物理学」の扉を開くものである。例えば、半導体中の電子の動きを詳細に調べることで、新たな超高速エレクトロニクスの実現が期待できる。

ルイエ氏は、1980年代に、強力な赤外レーザーを希ガスに照射すると、元のレーザーの奇数倍のエネルギーを持つ多数の光パルスが発生することを発見した。その後、それらの光パルスの波をうまく重ね合わせると、光る時間をアト秒まで短くできることが示され、01年には、アゴスティーニ氏が250アト秒の連続光パルスを、クラウス氏が650アト秒の単一光パルスを、それぞれ作り出した。現在では、わずか数十アト秒の光パルスを発生させることが可能になっている。

多分野への応用
欧州においては、23年から初のアト秒科学の共用研究施設ELI-ALPSが稼働しており、分野を越えた研究を行うことにより、新たなイノベーションの創出を目指している。日本においては、この分野の黎明期から盛んに研究が行われ、強い存在感を示している。

近年、文科省「光・量子飛躍フラッグシッププログラム」では、アト秒光源と計測装置の開発が進められている。また、東京大学のアト秒レーザー科学研究機構は、ELI-ALPSと同様に国際的に開かれた共用施設として、複数のアト秒光源の整備を進めている。さらに、22年には理化学研究所が世界最高出力のアト秒光源開発に成功している。

今後、日本は、国際的なアト秒物理学の研究コミュニティーの一員として、アト秒光源の高性能化や計測技術の開発だけでなく、エレクトロニクス、化学およびバイオといった幅広い分野への応用を進めていくことが期待される。

※本記事は 日刊工業新聞2023年10月27日号に掲載されたものです。

<執筆者>
佐藤 隆博 CRDSフェロー(ナノテクノロジー・材料ユニット)

東北大学大学院工学研究科修了。量子科学技術研究開発機構にてイオンビーム技術開発に従事後、22年より現職。ナノテク・材料分野の俯瞰や研究開発戦略立案を担当。博士(工学)。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(216)ノーベル物理学賞 超高速世界を照らす光(外部リンク)