第209回「ASEAN地域の科学技術動向⑦ シンガポール、若手人材誘致」
戦略的な投資
シンガポールは東南アジア諸国連合(ASEAN)の中でも群を抜いて科学技術レベルが高い国である。国土が狭く資源に乏しい上、人口も少ないことから、知識駆動型の経済の構築が政策的に推進され、そのための人材確保に向け戦略的な投資が行われてきた。
シンガポールの国家研究財団(NRF)は科学技術政策の立案と推進を担う中核的な機関である。その管轄は幅広く、研究開発の助成、研究者への授賞、人材誘致などを含む。今回はこのうち人材誘致策について取り上げる。
NRFは毎年1月にグローバル・ヤング・サイエンティスト・サミット(GYSS)を開催している。これは世界中から35歳以下のポスドクや大学院生などがシンガポールに参集し、ノーベル賞受賞者などのトップ研究者からレクチャーを受け、親しく交わる機会が与えられるものである。
今年は32カ国106機関からさまざまな分野の研究者が約400人参加した。GYSSを創設したNRF会長(当時)のトニー・タン博士によれば、開催目的は若手研究者が国際的なネットワークを広げるための場づくりだけでなく、シンガポールへ有能な研究者を誘致するものでもあった。実際、会期中には同国の研究所や施設、政府の研究開発投資への取り組みなどの紹介をする時間が設けられている。
フェローシップ
NRFはフェローシップも提供している。これは公募を通じて選ばれた若手研究者が5年間、シンガポールの国立の大学や研究所で独立して研究を実施できるというものである。1人当たり250万シンガポールドル(約2億5000万円)と30%の間接経費が支給されるという非常に魅力的な内容となっている。世界中から毎年数百人の応募があり、10人前後が受給している。
同様のフェローシップをシンガポール国立大学、南洋理工大学、A*STAR(科学技術研究庁)などの有力大学や研究機関も複数提供している。
2020年のデータではシンガポールの研究者のうち外国人は約29%で、日本の大学・研究機関における数字(6.4%、21年度)と比べると相当高い。これらのイベントやフェローシップを連動させて若手人材確保に効果を上げている点が注目される。
他のASEAN諸国の成長や中国やインドの台頭が見られる中、日本も国際頭脳循環のためのプログラムを打ち立てている。成功例であるシンガポールの今後の取り組みを注視する必要があるだろう。
グローバル・ヤング・サイエンティスト・サミット(GYSS)の一幕
※本記事は 日刊工業新聞2023年9月1日号に掲載されたものです。
<執筆者>
金子 恵美 科学技術振興機構(JST)シンガポール事務所所長
政策研究大学院大学地域政策プログラム修了。JST入職後、国際事業、科学コミュニケーション、ダイバーシティー推進、監査業務などを経て19年より現職。日本と東南アジアの国際共同研究推進などに従事。
<日刊工業新聞 電子版>
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