2023年8月4日

第206回「研究開発を俯瞰する⑤ 社会の中の材料・デバイス」

社会基盤の高度化や顕在化するさまざまな問題の解決のために、材料・デバイスの性能向上が求められている。

技術革新が必須
例えば、気候変動を緩和し持続可能な社会を実現するには、再生可能エネルギーを最大限に導入することや化石燃料の使用低減が求められている。そのため、さまざまな機器や設備のエネルギー使用量の削減とともに、蓄電池や太陽電池といったエネルギーデバイスの革新が必須とされる。

また、超高齢社会の到来やCOVID-19パンデミック(世界的大流行)の経験から、医療やヘルスケアに求められる技術はますます多様化・高度化している。メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンには高度なナノテクノロジーが用いられており、医療機器や医薬および医用材料の発展も、材料・デバイスの性能向上に負うところが大きい。

他にも、私たちの日常生活に浸透して利便性を高めているコンピューターや通信機などの発展を実現しているのは、高速な中央演算処理装置(CPU)や通信チップなどの半導体デバイスの革新である。

各国の戦略
近年のグローバルサプライチェーンの危機を背景に、先進各国ではこれまでアジア諸国に頼っていた電池や半導体などの基幹デバイスを、自国や周辺経済域内で生産しようとする動きを進めている。また、特定の国々に偏在する鉱物資源への依存度が高い材料・デバイスについては、機能代替を含む供給安定化を図る動きが世界各国・地域で広がっている。

日本も半導体、量子、環境・エネルギー、バイオ、マテリアルなどの重点技術分野に関して、マテリアル革新力強化戦略(2021年3月策定)、半導体・デジタル産業戦略(23年6月改訂)に代表される国家戦略の策定や見直しを行っている。

わが国の材料・デバイス産業が新興国の経済発展などにより、かつての優位を脅かされている現状を考えると、これらの戦略の成否は日本の将来に極めて重要な意味を持つ。その中で、研究開発から中長期にわたる人材育成まで幅広く手当てしていくことも必須となる。

高度人材と技術蓄積が重要な研究開発は、国として一度失うと再構築には多大な時間やコストがかかる。その局面だけを見た判断ではなく、社会基盤の維持・確保や変化する安全保障環境への備えとして、将来にわたって保持していくべき科学技術を見極めることも、国としての重要な役割である。

※本記事は 日刊工業新聞2023年8月4日号に掲載されたものです。

<執筆者>
眞子 隆志 CRDSフェロー(ナノテクノロジー・材料ユニット)

東京大学大学院修士課程修了。電機メーカーにおいて、酸化物材料、燃料電池などの研究開発に従事。19年より現職、ナノテクノロジー・材料分野の研究開発戦略立案を担当。博士(工学)、技術士(応用理学)。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(206)研究開発を俯瞰する(5)社会の中の材料・デバイス(外部リンク)