2023年6月23日

第200回「研究開発を俯瞰する③ AI、社会課題解決に利用」

システム・情報科学技術(以下、情報技術)はさまざまな分野で活用される汎用的な基盤技術であり、社会と相互作用しながら進化していく。図は、情報技術を俯瞰することで見えてきた重要な研究開発を社会ビジョンとの関係で整理したものだ。以下、人工知能(AI)関連の研究開発と期待について述べる。

悪影響から守る
「コグニティブセキュリティー」の研究開発は人間の認知や行動に悪影響を与える攻撃から人間を守るためのものだ。嘘の情報を事実かのように記述した文章や、実在しない画像が交流サイト(SNS)やウェブサイトにあふれるようになってきた。

これらはフェイクニュースと呼ばれ、選挙結果に影響を及ぼすなど社会を混乱させる。「ChatGPT(チャットGPT)」のような大規模言語モデルを使うことで、フェイクニュースを簡単かつ大量に作り出せるようになる。内容が事実かどうかを調べるファクトチェックを簡単に行う仕組みを構築したり、AIが作成した文章や画像を見分ける技術の精度を上げたりする研究開発が必要だ。

幅広く議論
一方、フェイクニュースにだまされない社会を実現していくためには、情報の発信元や背景を調査し、情報の信頼性を評価する手法を提供する人文社会科学の進展も重要だ。「デジタル社会におけるトラスト(信頼)形成」をどう進めるのか、多様なステークホルダー(利害関係者)と幅広く議論する場が望まれる。

大規模言語モデルは、プレゼンテーション資料の下書きに使うなど、賢く利用すれば生産性の向上につながる利点がある。大規模言語モデルの高度化が進み、社会システムに組み込まれて広く利用されるだろう。その際の技術課題を解決するために、分散協調アーキテクチャーやそれを支えるデータ基盤などに取り組む「AIアーキテクチャー」の研究開発も欠かせない。

大規模言語モデルは深層学習のパラメーター数と学習データ量を極端に大きくしたことで相転移が起こったといわれているが、その原理はまだ解明されていない。「知能モデルの解明・探求/身体性に宿る知能」の研究開発を通じて、大規模言語モデルの原理解明や、文章の意味を理解できるような新たな知能モデルの研究開発が望まれる。

情報技術の研究開発が、サイバーとフィジカルの融合や、データ駆動や知識集約による価値創造を通じて、社会課題の解決や人間中心社会の実現に寄与していく。

※本記事は 日刊工業新聞2023年6月23日号に掲載されたものです。

<執筆者>
青木 孝 CRDSフェロー(システム・情報科学技術ユニット)

東京大学大学院情報工学専攻修士課程修了。富士通研究所にてロボットの研究・開発に従事後、スーパーコンピューター「京」の開発や研究所技術の事業化マーケティングを担当。2018年より現職。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(200)研究開発を俯瞰する(3)AI、社会課題解決に利用(外部リンク)