第198回「研究開発を俯瞰する① 科技イノベ 各国が推進策」
巨額投資
近年、世界で巨額の研究開発投資が相次いでいる。背景としては、米中摩擦に端を発する科学技術・イノベーション創出の国際競争に加え、気候変動などグローバル課題への対処や、半導体供給網に代表される産業基盤の強化が各国の優先課題となっていることが挙げられる。
また、新型コロナウイルス感染症の大流行やロシアのウクライナ侵攻など不安定な国際情勢により、医療、エネルギー、食料など多様な安全保障課題が顕在化したことも、これらの投資に拍車をかけている。一方で、各国はこれを機に蓄電池やクリーンエネルギー、さらには先端エレクトロニクス、人工知能(AI)、量子などの重要技術の優位性を確保しようとする姿勢を見せている。戦略的な国際連携も加速し、東南アジア諸国連合(ASEAN)など新興国グループの存在感も高まっている。
このような中、各国は基礎研究の強化とともに、研究開発やイノベーション創出のための新たな推進方策を展開し始めている。
プロジェクトマネジャーの主導で迅速な成果創出と実用化を目指す「急進的イノベーション」と呼ばれるモデルはその一例だ。米国の国防高等研究計画局(DARPA)が典型として知られるが、民生分野でも同様の機関を創設する動きが欧米各国で広がっている。また、社会にインパクトをもたらす技術の開発に取り組む、ディープテック・スタートアップの振興に向けた官民の投資も、世界中で活発化している。
エコシステム
イノベーションを産み育てる土壌として、自国内の諸地域に、人材を含む基盤的な研究能力を構築する取り組みも進んでいる。ドイツが新設した技術移転・イノベーション機構(DATI)は、これまで地域産業の人材需要に応えてきた中規模大学を中核に、地域イノベーションシステムの構築を目指す。米国でも、各地に拠点を構築して、地域の課題解決や産業活性化を志向した研究開発や人材育成を展開するプログラムが多く立ち上がっている。
いずれの取り組みも、それぞれのステークホルダー(利害関係者)の関わり方に変容をもたらし、新しいイノベーションエコシステムの形成につながっていく可能性がある。各国が政策目的に応じてどのようにステークホルダーをつなごうとしているかにも留意し、その推進方策を注視することが重要だろう。
※本記事は 日刊工業新聞2023年6月9日号に掲載されたものです。
<執筆者>
長谷川 貴之 CRDSフェロー(海外動向ユニット)
JST入職後、地域事業、情報事業、国際事業、日本学術振興会出向などを経て、18年より現職。米国の科学技術政策動向調査を担当。
<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(198)研究開発を俯瞰する(1)科技イノベ、各国が推進策(外部リンク)