2023年6月2日

第197回「AIによる創薬の革新」

ロボットも活用
世界の医薬品市場はこの30年間で5倍以上に急拡大し、2021年には100兆円を超え、今後もさらなる成長が予想される。その技術的背景として、人工知能(AI)を活用した創薬も存在感を示しつつある(図)。

2010年代中盤以降、創薬プロセス(探索、化合物設計、評価・予測)をAIで改善しようとする動きが急速に進んだ。現在、AI創薬スタートアップが生み出した低分子医薬品シーズの件数が、世界の大手製薬企業のそれに肉薄している。AIを活用することで、研究開発期間を大幅に短縮したケースも続々と登場し、注目を集めている。

しかし、AI創薬は大きな壁にぶつかっている。現在のAI創薬で生み出されるシーズは、過去数十年にわたって蓄積された低分子医薬のデータを基にしているため、真に革新的なシーズは限定的である。そのような状態を打破するため、実験ロボットなども活用した独自の切り口の実験データの収集などを通して、より洗練されたAI創薬を実現しようとする動きが活性化している。

創薬の原動力
AI創薬の中核を担うのはスタートアップである。欧米では、低分子医薬品のAI創薬スタートアップが次々と設立され、数億―数十億円規模の投資を集め、世界の大手製薬企業と数百億―数千億円規模の提携がなされている。

また、創薬モダリティー(医薬品のタイプ)の多様化も医薬品市場の急成長を支える要因であるが、低分子医薬品だけでなく、抗体医薬、核酸医薬など、新しいタイプの医薬品においてもAIを活用しようとする動きが国内外で見られる。

AI創薬の技術面の洗練と取捨選択が今後急ピッチに進むと思われ、その先にはAI創薬が創薬プロセスの当たり前のアプローチとして定着するであろう。わが国は、AI創薬を巡る欧米のダイナミックな動きに後れを取っている。

AI創薬はこれからの創薬の原動力となるものであり、わが国の医薬品産業の巻き返しを図るためにも、戦略的な強化が必要である。

※本記事は 日刊工業新聞2023年6月2日号に掲載されたものです。

<執筆者>
辻󠄀 真博 CRDSフェロー(ライフサイエンス・臨床医学ユニット)

東京大学農学部卒。ライフサイエンスおよびメディカル関連の基礎研究(生命科学、生命工学、疾患科学)、医療技術開発(医薬品、再生医療・細胞医療・遺伝子治療、モダリティー全般)、医療データ、研究環境整備などさまざまなテーマを対象に調査・提言を実施。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(197)AIによる創薬の革新(外部リンク)