2023年5月19日

第195回「量子技術 長期視点で実用化」

良好な関係
量子コンピューターや量子通信、量子センサーなど「量子技術」の実用化に大きな期待が寄せられる中、政府は今年4月に「量子未来産業創出戦略」を発表した。2022年策定の「量子未来社会ビジョン」で掲げた目標の達成に向けた実用化・産業化戦略の実行計画という位置付けだ(図)。筆者もワーキンググループの構成員として策定に携わった。

量子技術の実用化・産業化には多くの課題があり、量子技術を事業に導入する際の障壁の高さや、市場発展の見通しの不確実さなど、研究開発のみでは解決しそうにない。政府は、ユースケースづくりをしやすい環境の構築や共有施設の整備、スタートアップ・新事業の創出支援などで対応する方針だ。産業界との協働にむけ、理化学研究所、産業技術総合研究所、量子科学技術研究開発機構に置かれた量子技術イノベーション拠点の強化も盛り込まれた。

3月末に国産量子コンピューター初号機の稼働が華々しく報じられた裏で、北米の量子スタートアップは資金繰りに苦しんでいる。米国でのIT分野全体の景気後退の余波もあろうが、大きく期待しすぎた反動で投資に慎重になったともとれる。日本は量子技術イノベーション拠点や産業コンソーシアムを核にした産学官連携により、技術進展を見極めながら徐々に市場の成長を促していく方向性だろう。

カギは人材育成
量子技術の実用化・産業化に近道はない。そのため、ビジネス人材を含めたさまざまな専門性をもつ人材の育成・確保が長期的に極めて重要である。米国や欧州各国の政策文書にも量子技術の実用化にむけた労働力確保や人材育成の重要性が大きく取り上げられている。

量子人材の教育や訓練の中心は大学であり、4月に追加候補となった東海国立大学機構を含めると11の量子技術イノベーション拠点のうち6拠点が大学である。5月14日にG7仙台科学技術大臣会合の公式サイドイベントとして開催されたハイレベル会合「量子技術が切り拓く未来」でも、量子技術の発展や実用化加速にはアカデミアを含めた国際協調が必要と認識されている。

量子未来社会ビジョンが掲げる2030年目標はどれも意欲的だ。量子技術が大きな可能性を秘めていることは間違いなく、科学技術と社会の流れを見極めながら持続的に投資を進めた国だけが、その果実を得ることになるだろう。

※本記事は 日刊工業新聞2023年5月19日号に掲載されたものです。

<執筆者>
嶋田 義皓 CRDSフェロー(システム・情報科学技術ユニット)

東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。日本科学未来館で解説・実演・展示制作に、JST戦略研究推進部でIT分野の研究推進業務に従事後、17年より現職。著書に『量子コンピューティング』。博士(工学、公共政策分析)。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(195)量子技術、長期視点で実用化(外部リンク)