2023年3月10日

第187回「抗菌薬開発 採算性確保へ」

薬剤耐性菌
COVID-19に対しさまざまな予防ワクチンが開発され、結果的にメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンが世界中で使用されている。2021年、mRNAワクチンは5兆円を超える世界市場を突如形成し、世界の医薬品市場の約6%を占めるに至った。mRNAワクチンがパンデミック後にも市場を維持・拡大できるかは未知数だ。しかし、mRNAワクチンは将来起こりうるパンデミックでも一定の存在感を示すと思われ、巨大市場を形成しうる。がんや自己免疫疾患などへの展開も含め、これからもアカデミアや企業で活発に研究開発がなされるであろう。

一方、パンデミックのような爆発的な健康被害は発生していないが、徐々に事態が深刻化しているのが、既存の抗菌薬が効かない薬剤耐性菌(AMR)だ。11年、世界保健機構(WHO)は世界中でAMR対策に取り組むべきと宣言した。さらに英国政府は、AMRによる年間死者数が70万人(15年)から1,000万人(50年)に急増し、がんの820万人(50年)を上回るとの予測を発表し、大きな注目を集めた。AMRによる世界のGDP損失が3.2%(30年)、3.8%(50年)に達するとの報告もある。

AMR対策は、新規抗菌薬の開発と抗菌薬の乱用を減らす仕組み作りを両輪で進めることが重要だ。前者について、高い有効性を示す抗菌薬が1970年代までに次々と登場し医療ニーズが頭打ちとなったため、細菌感染症の基礎研究者が減少し、新規抗菌薬シーズが生まれづらい状況となった。後者の推進は、抗菌薬の使用量削減につながる。

さらに抗菌薬のニーズは低・中所得国で特に大きく、抗菌薬市場はがん治療薬市場のような右肩上がりの成長を期待できない。多くの製薬企業が抗菌薬開発から撤退し、90年代以降、新規抗菌薬の市場投入が停滞している。

インセンティブ
10年頃より、新規抗菌薬の研究開発費の公的支援などの、プッシュ型インセンティブが活発に推進された。しかし、新規抗菌薬の市場投入に成功した企業には、売り上げが伸びず、破産に追い込まれるケースも出て、新たなビジネスモデルが求められた。近年、抗菌薬の発売後の採算性を確保するプル型インセンティブの検討が活性化している。米国では、特許期間を延長するGAIN法、市場投入に成功すると報奨金が付与されるマーケットエントリーリワードなどの導入が進む。

欧州では、使用量と関係なく政府が買い取るサブスクリプションモデルが導入された。わが国でも、23年度予算案で、プル型インセンティブのモデル事業が計画されている。

AMR対策は世界共通の課題だ。わが国を含む各国が、プッシュ型/プル型インセンティブ設計の試行錯誤を進め、国際協調しつつ最適なインセンティブの枠組みの確立・実装を進めることが望ましい。

※本記事は 日刊工業新聞2023年3月10日号に掲載されたものです。

<執筆者>
辻󠄀 真博 CRDSフェロー(ライフサイエンス・臨床医学ユニット)

東京大学農学部卒。ライフサイエンスおよびメディカル関連の基礎研究(生命科学、生命工学、疾患科学)、医療技術開発(医薬品、再生医療・細胞医療・遺伝子治療、モダリティー全般)、医療データ、研究環境整備などさまざまなテーマを対象に調査・提言を実施。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(187)抗菌薬開発 採算性確保へ(外部リンク)