2023年2月17日

第184回「人文・社会科学 生かす社会へ」

選ばれにくい道
日本では2021年に科学技術基本法が科学技術・イノベーション基本法に改正され、科学技術振興の対象に人文・社会科学を含めてイノベーションの創出を進めることとなった。人間と社会を総合的に理解して社会課題の解決を図るための知の融合「総合知」の重要な参画者として、人文・社会科学分野の研究者や専門家に期待が寄せられている。

人口当たりの博士号取得者が全般に少ない日本だが、特に人文・社会科学分野の博士号取得者は諸外国に比べて少ない(図)。博士号取得者のうち人文・社会科学が占める割合は、英国で36%、フランスで34%、韓国で33%、ドイツで21%、米国で20%、日本で11%となっている。

日本で人文・社会科学分野の大学院進学が選ばれにくい要因として、大学教員以外のキャリアパスが描きにくいことが指摘される。

修了者の動向について分野別に統計データを公開している米国の状況を見ると、人文・社会科学の修士、博士が社会で一定の存在感を持っている。米国で例えば社会科学を修了した人が就く職業に多いのは、弁護士などの司法専門家、企業の事業企画や営業職、教員である。また、エコノミスト、調査研究者、都市・地域プランナーといった分析や戦略に関わる職業にも社会科学の専門家が強みを発揮している。

米国で人文学の修了者は教員、編集者などに多い。また近年では人類学者が企業の事業企画、マーケティングで登用され、ビッグデータでは分からない因果関係などを理解するのに貢献していることも注目される。

同じ社会科学分野の修了者で給与を比べると、学士よりも修士、さらに博士の方が高収入である。日本では修士よりも博士の方が非正規雇用の割合が高く、キャリアが不安定であるのと対照的だ。

多様な進路支援
また米国では、学部生の学費は高いが大学院生の費用負担は比較的軽い。人文・社会科学分野を含めた博士課程学生の多くが教育や研究のアシスタントとしての給与や研究助成といった経済的支援を受ける。在学中の支援と修了後のキャリア展望の良さは、優秀な人材が安心して学問に挑戦する土壌を支えていると考えられる。

日本は21年度から博士後期課程の学生に対する経済的支援を拡充したところだ。人文・社会科学の価値に対する認知向上、多様なキャリアパスを支える人材育成に向けて、大学院教育改革も議論されており、今後の展開が期待される。

※本記事は 日刊工業新聞2023年2月17日号に掲載されたものです。

<執筆者>
花田 文子 CRDSフェロー

東京大学工学部卒。米国の大学付属研究所アシスタントなどを経て名古屋大学大学院環境学研究科修了。民間シンクタンクにて科学技術政策、産業振興、博士のキャリア開発などに従事。JST広報の後、21年より現職。

<日刊工業新聞 電子版>
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