2022年11月25日

第174回「農業の環境汚染抑制、BNI」

負の遺産 直面
1960年代の「緑の革命」により、人類は農産物の大増産を達成したが、現在、その立役者の一つであった窒素肥料の大量消費による負の遺産に直面している。

稲、麦類、トウモロコシなどのイネ科作物に与えられた窒素肥料の70%は、作物に吸収されることなく、土壌微生物の「硝化」という働きで硝酸態窒素に変わってしまう。この硝酸態窒素が河川に流出して水質汚染の原因になったり、さらなる土壌微生物の働きにより、亜酸化窒素という二酸化炭素の300倍もの強度の温室効果ガスになったりする。実際、SDGs策定の基盤となった「地球の限界」の指標では、人類による地球環境へのあらゆる影響のうち、農業による窒素とリンによる環境汚染が、最も深刻であり、地球の限界を超えている、とされている。

解決の切り札
2021年、この窒素肥料による深刻な温室効果と環境汚染を解決する、切り札ともいうべき研究開発が世界の注目を集めた。それが、全世界的に権威ある学術雑誌の一つ、「米国アカデミー紀要」の論文賞を受賞した、「土壌硝化を抑制するBNI小麦の開発」だ。

この画期的な研究開発は、日本の国際農林水産業研究センター(国際農研)による長年の研究が実を結んだものである。09年、国際農研を中心とする国際共同研究チームは、肥料が乏しい環境でもよく生育する熱帯牧草の一種、ブラキアリアの根から、土壌微生物による硝化作用を抑制する物質が分泌されていることを報告した。この生物的硝化抑制作用は、BNIと呼ばれ、後に、トウモロコシ、稲、ソルガム、小麦においてもBNIが存在することが明らかになった。

化学合成による硝化抑制剤は、土壌で分解され、短期間しか効果を発揮できないが、作物自身が根から分泌する硝化抑制剤は、作物が農地にある間は確実に効果を発揮し続けるというメリットがある。今回の論文賞となったBNI強化小麦の開発では、高いBNI能力を持つ野生小麦の一種から、BNI能力に関わる遺伝子を、交配によって実用小麦に持たせた。BNI強化小麦は従来の約半分の窒素肥料で、従来同等の収量が得られることから、BNI小麦が普及することで、窒素肥料の大量消費による環境負荷が軽減されるものと期待されている。

※本記事は 日刊工業新聞2022年11月25日号に掲載されたものです。

<執筆者>
桑原 明日香 CRDSフェロー(ライフサイエンス・臨床医学ユニット)

東京大学大学院理学系研究科博士後期課程修了。英国、スイスでの8年間の基礎植物学研究を経験後、現職。ライフサイエンスおよびバイオテクノロジーに関する研究開発戦略立案を担当。理学博士。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(174)農業の環境汚染抑制、BNI(外部リンク)