2022年8月26日

第161回「EU、イノベリーダー目指す」

米中の後塵拝す
欧州連合(EU)ではイノベーション創出の担い手である新興企業向けの支援制度を充実させているが、米国、中国との差は今なお大きい。ベンチャーキャピタル(VC)投資額で見ると、2021年に米国は36.2兆円、中国が6.3兆円であったのに対し、EUは約2兆円と大差がある。

また、CBインサイトによると、22年8月5日時点で世界のユニコーン企業(評価額10億ドル以上の未上場新興企業)数は1178社に上るが、そのうち633社が米国、173社が中国の企業で、これら2カ国で実に7割近くを占めている。他方、EUにおいては最多のドイツでも29社、EU27カ国合計で98社のみである(ちなみに日本は6社)。EUでは新興企業のスケールアップを促進するための公的支援施策が十分でないことや、米国に見られるような年金基金や財団によるVC投資額が少ないことが一因とされる。

加えて、EU加盟国間でも格差が存在する。EUでユニコーンが1社もない国は11カ国あるが、それらの大半が東欧・南欧諸国であり、VC投資額も北欧・西欧諸国と比べると全体的に少ない。EU全域でイノベーションエコシステムを強化する上で、こうした国々の底上げも課題である。

ディープテック
こうした状況を踏まえ、EUの行政機関である欧州委員会は、22年7月に欧州イノベーションアジェンダ(EIA)を公表した。EIAでは、五つの最重要事項(フラグシップ)を掲げ、それぞれにおけるEUの強みと弱みを詳細に分析している。そして、各フラグシップにひもづく25のアクションを定め、加盟国の代表者と連携の上、24年までに欧州委員会がアクションの進捗やインパクトを報告することとした。

EIAでは、最先端の科学・技術・工学に根ざしたディープテックに焦点を当てており、新興企業の資金調達環境改善、公共調達の充実や規制緩和、人材育成・誘致などを進める。これらを通じ、EU全域で優れた人材や新興企業がイノベーションを創出できるようにすることを目指す。

EIAで示された重要事項の多くは、わが国にも共通すると思われる。EIAは加盟国への法的拘束力を持たないため、アクションがどこまで実現できるかは不透明な部分もある。それでも、EUとしての現状認識と目指すべき方向性を示した意義は大きく、今後のその動向は、日本にとっても参考になるだろう。

※本記事は 日刊工業新聞2022年8月26日号に掲載されたものです。

<執筆者>
山村 将博 CRDSフェロー(海外動向ユニット)

東京工業大学大学院社会理工学研究科修了。08年JST入構。国際事業担当、産学連携事業担当を経て、NPO法人STSフォーラムに出向し国際会議運営業務に従事。18年11月より現職。主にEUの動向調査を担当。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(161)EU、イノベリーダー目指す(外部リンク)