第157回「予防・診断に医療DX活用」
画一から個別化
7月8日付の本連載でも紹介したように、世界の医療の大きな潮流は、「治療から予防へ」、「画一から個別化・層別化へ」とまとめることができる。今回は、予防と診断に関わる研究開発の動向について紹介する。
予防では、血液などの体液による検査、リキッドバイオプシーが注目と資金を集めている。これまではがんの超早期スクリーニングが主なターゲットであったが、治療選択や経過モニタリングなどの用途での開発・実装も進む。認知症の前段階である軽度認知障害のリスクを血液から判定するサービスが国内で提供されるなど、がん以外の疾病にも対象が広がりつつある。
診断では、医用画像や電子カルテ情報を用いた人工知能(AI)診断支援が注目される。特に、先進国と比して医療インフラが未整備で遠隔医療ニーズが高い中国は、ITプラットフォーマーにデータが集まりやすく、開発で先んじる。COVID-19への対応でも、中国で開発された胸部コンピューター断層撮影装置(CT)のAIプログラムがいち早く日本国内の承認を得た。日本でも、重症化リスクを電子カルテ情報から判定するAIなどの研究例があるが、乱立する個人情報保護ルールや不均質なデータ形式などが壁となり、開発に時間と労力を要している。
さらに、ゲノム情報を活用した診療が、がんや希少疾患では一般的になりつつある。近年では、大規模ゲノムコホートの国際共同研究により、がんや心疾患などの疾病への罹患しやすさを予測する研究も盛んである。
倫理面に懸念
これらの技術を適切に使えば、予防的な処置による疾病の罹患リスク低減や緩和、医療提供の効率化が実現する可能性がある。一方、臨床的な価値を見極め、既存の制度・プロセスと整合を取りつつ社会実装を進めないと、かえって医療システムに負荷がかかりコストが増大する恐れもある。
また、ビッグデータ(大量データ)に基づく判定、特に深層学習による判定は、その根拠を人間が理解することが難しくなる。技術的には、説明可能なAI、統計的因果推論といった対処方法があるが、合理的な層別化なのか不当な差別に当たるかは倫理的な面での検討が不可欠である。特に遺伝情報による差別は、日本医学会と日本医師会が4月に声明を出すなど、懸念が示されている。差別防止を法制化した国もあるが、規制の在り方は社会的要因の考慮が必要であり、国内でも市民を含めた議論が望まれる。
※本記事は 日刊工業新聞2022年7月29日号に掲載されたものです。
<執筆者>
宮薗 侑也 CRDSフェロー(ライフサイエンス・臨床医学ユニット)
東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程修了、博士(科学)。計測機器企業にて製品開発に従事。2020年よりJSTに出向し、生命科学系計測や健康・医療データ活用に関する調査を担当。22年より現職。
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