2022年7月8日

第155回「疾病管理・治療デジタル化」

治療から予防へ
医療制度への負担をさらに増大させる高齢化社会を背景に、各国の政府、医療関係者はコストと質の両方の問題の解決策を模索している。バイオテクノロジー、ヘルステックとデジタル変革(DX)の進展を背景に、世界の大きな潮流は、「治療から予防へ」、「画一から個別化・層別化へ」である。

予防・診断では、人工知能(AI)医師、ゲノム医療、AI医用画像解析、リキッドバイオプシー、ウエアラブルデバイスなどが、治療では、AI創薬、治療アプリ・デジタル治療、BMI(ブレーン・マシン・インターフェース)・サイバニクス、手術支援ロボットなどの技術が該当する。

疾病管理・治療技術として、デジタル治療やウエアラブルデバイスが注目を集めている。治療アプリ・デジタル治療はいわゆる健康増進アプリとは異なり、医薬品医療機器法の対象として認可を受ける。慢性疾患や精神疾患など、治療が長期化し治療プロセスに患者自身の継続的管理が必要な疾患と相性が良い。

2010年に米ウェルドックの糖尿病患者向け治療補助アプリが初めて米国食品医薬品局(FDA)に認可されたのを皮切りに、製薬・医療機器企業とベンダー(ベンチャー企業)との協業が進む。日本のキュアアップ(東京都中央区)は、自治医科大学との共同研究による高血圧症に対する治療アプリの治験で、世界で初めて有効性(降圧効果)と安全性を確認している。

個人データ保護
ウエアラブルデバイスによる個人健康記録(PHR)のヘルスケア応用は、アップル、グーグルが先導するが、その他にも睡眠やフィットネスなどへの応用が進んできた。「アップルウォッチ」は18年にFDAが心電図測定機能を認可、20年に血中酸素ウェルネスの測定が可能になった。現在、米バイオジェンと共同で、個人の認知機能低下の監視への活用などについて研究が行われている。パンデミックによる健康に対する関心の高まりとも相まって、遠隔医療や在宅介護などに向け拡張現実/仮想現実(AR/VR)などを用いた、メタバース関連の新しいサービス技術の検討も始まっている。

このような時代にヘルスケア業界における価値提供をどのように考えるか。各種デバイスやアプリの個人のデータを収集して研究に活用すると新しい予防・診断・治療法が見つかりうる。産学官民協力の下、個人データの保護と社会的利益の衡平を踏まえた制度の枠組みを検討する必要がありそうだ。

※本記事は 日刊工業新聞2022年7月8日号に掲載されたものです。

<執筆者>
島津 博基 CRDSフェロー

大阪大学大学院理学研究科修了。JSTでは産学連携事業担当を経て、情報、ナノテク・材料分野などで分野の俯瞰や研究戦略立案を担当。マテリアルズ・インフォマティクスの提言などを執筆。弁理士試験合格。

<日刊工業新聞 電子版>
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