第154回「AI、研究開発の方法論進化」
データ科学
2009年に、理論、実験、計算に続く第四の科学方法論としてデータ科学の概念が提唱され、11年に材料開発のスピードとコストを半分にというスローガンの下、米国でマテリアルズ・ゲノム・イニシアティブが開始された。この時点では、データの活用がうたわれており、人工知能(AI)も機械学習の文言も出てこない。12年にディープラーニング(画像識別モデル)が登場し、その後生成モデル、自然言語処理など次々と新しい技術が登場しては改良されてきた。
17年ごろから化学、材料研究にこうしたAI、機械学習を用いた論文が増加し始め、22年には化学、材料、生物分野におけるAIやデータ科学に関する学術誌『デジタルディスカバリー』が発刊(英国王立化学協会)された。
研究開発へのAI活用にはデータ収集が重要だ。従来のデータベースからのデータ活用に加え、リチウムイオン電池などの無機材料分野では第一原理計算などシミュレーションからのデータ生成が、高分子や創薬などの有機化合物分野ではAIによるデータ生成が、さらにハイスループット実験(実際にモノを作る、作ったモノを評価する)からのデータ生成が可能となり、こうした手段の組み合わせも進む。
こうした技術の進展を背景に、自動化から自律化に向けた取り組みも進む。トロント大学、グラスゴー大学では、それぞれ「ケムOS」や「ケムピューター」のコンセプトの下、自律移動ロボットや合成、識別・分離、特性評価のプロセス統合自動化といった化学研究環境のデジタル変革(DX)が進む。ベンチャー企業を中心にラボオートメーション/クラウドラボといった概念も出始めている。
自律化 現実に
このように10年代に入って、実験(ハイスループット、コンビナトリアル)科学、計算科学、データ科学の統合が起こり、化学・材料のみならず、創薬やバイオ生産、ものづくり研究などにおいて研究開発の方法論が変化してきている。今後のAIやロボティクス技術の進展により、自律化の概念が現実的になってきた。将来的には研究者にとっては研究の上流(デザイン)工程(探索空間や探索方法の設定)がより高いウエートを占めることになるのではないだろうか。
※本記事は 日刊工業新聞2022年7月1日号に掲載されたものです。
<執筆者>
島津 博基 CRDSフェロー
大阪大学大学院理学研究科修了。JSTでは産学連携事業担当を経て、情報、ナノテク・材料分野などで分野の俯瞰や研究戦略立案を担当。マテリアルズ・インフォマティクスの提言などを執筆。弁理士試験合格。
<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(154)AI、研究開発の方法論進化(外部リンク)