第150回「ミッション志向で社会変革」
施策総動員
カーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)の実現や国連の持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けて、社会変革を目指した動きが国内外で加速している。科学技術はその原動力の一つであるが、社会変革の実現には、さらに物事の決め方や管理の仕組み(ガバナンス)、資金の流れ、人々の行動様式を一体的に変えていくことが必要になる。科学技術イノベーション政策においても、従来の研究開発を主体とした枠組みを超えた、より総合的な取り組みが求められる。そのような取り組みとして関心が高まっているのがミッション志向アプローチである。
ミッション志向アプローチでは、社会変革を伴う長期戦略の実現に向けて、期限を定めた明確かつ具体的な達成目標(ミッション)を設定する。その上で研究開発に加えて、分野担当省庁の持つ規制や調達、各種調整機能などを総動員して、研究開発の成果の社会実装とイノベーションの活用をけん引する。
例えば、欧州連合(EU)では、2030年を目標年として、150の地域での気候変動適応、がん患者やその家族を含む300万人以上の生活の質の向上、100の気候中立かつスマートな都市の実現などのミッションを設定している。
その達成に向けて、EUの行政組織である欧州委員会の分野担当総局や各国政府の施策に加えて、結束政策と呼ばれる地域振興予算や欧州投資銀行(EIB)による融資の活用なども予定されている。
具体的な取り組みは、都市や地域などの社会課題の現場を軸に、大学や地場産業、スタートアップ、地域住民などを巻き込んだ形で行われる。研究開発やイノベーションを含む多様な取り組みを、さまざまな資金や活動と連動して進めることで、社会変革に向けてスケールアップすることを目指している。
政府の機能強化
このような取り組みを進めるには、政府がミッション達成に向けた強いコミットメントを示すとともに、社会課題に関係する分野担当省庁と研究開発担当省庁が緊密に連携することが必須である。
またデータや科学的知見を踏まえて、取り組みの進捗を把握し適切な方向に進むように支援するなど、政府の機能強化が求められる。
コロナ禍という危機は、在宅勤務やデジタライゼーションといった変革を促した。気候変動などのより長期的な取り組みが必要な社会課題解決に向けて、政府が同様の危機感を持ってミッションを設定し、幅広い関係者を巻き込んで社会変革に向けた取り組みをけん引していくことが求められている。
※本記事は 日刊工業新聞2022年6月3日号に掲載されたものです。
<執筆者>
小山田 和仁 CRDSフェロー(科学技術イノベーション政策ユニット)
東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。産業技術総合研究所、日本学術振興会、政策研究大学院大学などで科学技術政策研究、研究開発マネジメントに従事。17年より現職。
<日刊工業新聞 電子版>
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