第149回「開かれた戦略的自律性の確保 EU、域外依存減」
供給網 機能不全
欧州連合(EU)では近年、「開かれた戦略的自律性」の確保が重要な政策課題となってきている。これは、EU域外との国際協力を維持しつつも、半導体などの戦略物資や重要技術の域外依存を減らし、必要な時はEUとして自律的にやっていける能力の構築を目指す考え方で、日本で議論されている経済安全保障とも共通する部分がある。
背景にあるのが、新型コロナ危機で露呈した医薬品や半導体などの国際的なサプライチェーンの機能不全だ。これを教訓に、EUは2021年5月、グリーン化とデジタル移行を2本柱としていた従前の産業戦略を改訂し、開かれた戦略的自律性の確保を同戦略の三つ目の柱に据えた。
この戦略の下で戦略物資の域外依存度の分析やサプライチェーンの多様化を進めている。
綿密な領域設定
EUの研究開発プログラム「ホライズン・ヨーロッパ」でも、開かれた戦略的自律性の確保が24年までの主要目標の一つとされており、域外依存を軽減し競争力を維持していく上で、科学技術・イノベーション投資が重要な手段とされていることが分かる。
中でも、イノベーション創出を目的として同プログラムの予算で新設された欧州イノベーション会議(EIC)では、開かれた戦略的自律性のための技術の実用化を目指すスタートアップへの資金提供や株式投資を通じて、目標に貢献しようとしている。
EICの投資対象となる公募領域は、関連する文献調査や過去の申請・採択プロジェクト分析による新興技術トレンドのデスクリサーチ、研究者との議論や専門家を集めたワークショップでの有識者からのインプットによって広範かつ綿密に検討される。さらに加盟国間での合意形成という、EU特有の政治プロセスを経る特徴もある。
このため、領域を最終的に絞り込む段階では、単に技術トレンドだけでなく、EUにとっての戦略的利益も重要視される。22年の公募では、エネルギー貯蔵や心血管疾患治療などに加え、開かれた戦略的自律性のための技術が領域の一つに選ばれ、量子技術や重要原材料などが対象テーマとなった(表)。
27カ国の集合体であるEUと日本では単純に比較できない部分もあるが、EUとして重視しているテーマやその決定過程を把握しておくことは、日本で経済安全保障強化の検討を進める上でも有意義だろう。
※本記事は 日刊工業新聞2022年5月27日号に掲載されたものです。
<執筆者>
山村 将博 CRDSフェロー(海外動向ユニット)
東京工業大学大学院社会理工学研究科修了。08年JST入構。国際事業担当、産学連携事業担当を経て、NPO法人STSフォーラムに出向し国際会議運営業務に従事。18年11月より現職。主にEUの動向調査を担当。
<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(149)開かれた戦略的自律性の確保 EU域外依存減(外部リンク)