2022年5月20日

第148回「暮らし変える量子技術」

未来像示す
量子コンピューターや量子暗号通信、量子計測などの「量子技術」が注目されている。2022年4月には新たな国家戦略「量子未来社会ビジョン」が策定され、「量子技術イノベーション戦略」(20年に策定)を補って研究開発戦略と産業戦略の両輪がそろう形となった。

新戦略の大きな特徴は、多様な量子技術が社会でどう活用されるか、そのイメージを明示したことである。スパコンと量子コンピューターを組み合わせた革新的計算サービスや、クラウドに量子暗号鍵配送(QKD)を連携させるセキュアクラウドサービスなど、情報技術(IT)に量子技術を組み合わせて使う未来像は、現実的で好感が持てる。生活サービスや安心・安全、医療など私たちの暮らしに関わる応用も親しみやすい。大規模な政府研究開発投資の説明責任を果たす意味でも、時宜を得たものと言える。

長期視点重要
量子技術の実用化にはまだ数多くのブレークスルーが必要だ。現状では、量子「しか」できないことと量子「でも」できることが混在して発表されており、量子技術の実力を見定めるのを難しくしている。量子技術に優位性のある応用開拓が欠かせない。

量子「以外」の技術にも光を当てるべきだろう。量子コンピューターでもQKDでも、量子を量子たらしめているのは、半導体技術や光技術など最先端の非量子技術だ。例えば、超電導量子コンピューターには第5世代通信(5G)やレーダーに使われるような高周波技術が欠かせない。QKDや量子計測の基礎を担う光技術では量子と非量子は地続きだ。

量子技術の実用化は世界共通の課題であり、わが国だけの悩みではない。それは、量子技術の研究開発が産業競争の舞台であると同時に、量子をどう手なずけるか、自然と対峙するフロンティアでもあるからだ。その意味では、国際協力によって研究開発を進めることも必要だろう。

米トランプ政権下で量子イニシアティブを率いたジェイク・テイラー博士(当時、量子情報科学担当長官補佐)の「我々はまだ発見モードにいる」との言葉が、量子技術の産業化にまだ多くの科学的発見や要素技術の開発が必要であることを端的に表している。長期的な視点に立った戦略と実践を望む。

※本記事は 日刊工業新聞2022年5月20日号に掲載されたものです。

<執筆者>
嶋田 義皓 CRDSフェロー(システム・情報科学技術ユニット)

東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。日本科学未来館で解説・実演・展示制作に、JST戦略研究推進部でIT分野の研究推進業務に従事後、17年より現職。著書に『量子コンピューティング』。博士(工学、公共政策分析)。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(148)暮らし変える量子技術(外部リンク)