第145回「米、競争力維持へ研究能力向上」
低下への懸念
近年、米国では競争力の低下への懸念の声が上がっている。その懸念は、中国などの台頭による経済的な競争力の相対的な低下に見ることができるが、学術研究の面でも、例えば米国発の論文数は中国に追い抜かれ、タイムズ・ハイアー・エデュケーション社の世界大学ランキング上位100大学に含まれる米国の大学の数が10年前の51から38に減少するなど、大学における研究能力の維持向上が必要なことも明らかとなっている。
他方、米国の博士号取得者の約3分の1は中国などのアジア諸国を中心とした海外出身者で、その多くは帰国せず米国の研究力強化の一翼を担ってきたものの、中国のように海外に渡った研究人材を呼び戻し自国の競争力を高めようとする動きも見られるようになったことから、過度の海外人材への依存を危惧する声もあがっている。
潜在能力を開発
これらの問題への対応として、バイデン大統領は3月末に発表した2023年度予算教書において新興技術の強化などとともに、これまで十分に活用されてこなかった米国の潜在性を掘り起こす長期的な視野の施策を提示している。
米国の研究人材は白人・アジア系人材が主流を占め、黒人やヒスパニック系は人口に比して少数派となっている。バイデン大統領は、これらマイノリティー人材を活用することが、人々の公平性を前進させ、大学の研究水準を向上させるとして、これらの人材を受け入れる大学への支援などを拡大するとしている。このような施策は、海外人材への依存からの脱却に向けた取り組みという面もある。
また、地域間の格差を低減させる取り組みとして、連邦政府から配分される研究開発予算が少ない州などの大学などを対象とした研究施設や研究人材を強化するための支援事業である(EPSCoR)についても増額する意向が示されている。
これらの施策は短期的な成果を得ることは困難である。しかし、長期的にはこのような研究基盤の強化が米国の競争力の保持に重要であるという認識は共有されている。
米国の高い競争力の源泉の一つは研究大学にあると言われているが、その活力の低下の懸念が語られる中、これまで十分に活用されてこなかった人材や地域の潜在的能力の開発にも関心が寄せられている。このことは、日本においてもトップレベルの大学の強化に加え、地方大学の人材や研究基盤を強化することの必要性について考える示唆を与えるものと言える。
※本記事は 日刊工業新聞2022年4月22日号に掲載されたものです。
<執筆者>
遠藤 悟 CRDSフェロー(海外動向ユニット)
1981年日本学術振興会採用、同会ワシントン研究連絡センター副所長、東京工業大学大学マネジメントセンター教授、同会経営企画部上席分析官などを経て、21年5月よりJST研究開発戦略センターフェロー(非常勤)。
<日刊工業新聞 電子版>
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