2022年4月1日

第142回「微生物の力でモノづくり」

脱炭素化 実現へ
脱炭素社会の実現に向けて、植物の光合成により二酸化炭素(CO2)から多糖などに固定された炭素を微生物の力で化成品などに変換するものづくりへの期待が高まっている。これまでサトウキビやトウモロコシからのバイオエタノール製造が盛んに行われてきたが、原料の糖源が食料と競合するため、大きな方向転換を余儀なくされている。食料と競合しない木質バイオマスなどからの生産を目指して、バイオマスから糖への変換、糖から化成品などを生産する微生物の構築などの研究開発が精力的に行われているが、いまだに商業レベルの製造には至っていない。

近年、炭酸固定のステップで植物の光合成能力を利用しない生産方法が模索されている。

幅広い選択肢
植物と同様に光合成能力をもつ微細藻類には細胞内に多量の炭化水素を蓄積するものが存在する。この能力を活用して、ジェット燃料を製造する技術開発が進んでおり、わが国でもIHIを中心としたグループは、東南アジアで微細藻類を野外で培養して、その菌体からジェット燃料を製造する技術の商業化を目指している。また、神戸大学は、微細藻類にポリマー原料である乳酸を生産する能力を付与することに成功している。

一方、米国企業は、製鉄所などの排ガスに含まれるCO2やCOから酢酸生成菌を用いてエタノールを生成する技術を確立し、商業プラントでの製造を開始している。

さらに、大腸菌に光合成能力を付与する研究が一つの方向を示した。2019年に米国・イスラエル・ドイツの研究チームは、微細藻類の光合成に関連する遺伝子群を導入した大腸菌が、CO2を炭素源として生育することを示し、世界を驚かせた。CO2での生育は遅く、まだまだゴールは遠いが、ポテンシャルは感じとれる。同様に、米国の研究チームは、メタノールを炭素源として生育する大腸菌の構築に成功した。

これらの事例は、微生物を用いたものづくりの新たな可能性を示すものである。脱炭素に向けて、正解が見えない現時点では、幅広い選択肢を示すことが重要であり、国際的に誇れる発酵技術基盤を有しているわが国の研究開発陣にも積極的に将来の可能性を示すことが期待される。

※本記事は 日刊工業新聞2022年4月1日号に掲載されたものです。

<執筆者>
小泉 聡司 CRDSフェロー(ライフサイエンス・臨床医学ユニット)

東京大学大学院農学系研究科修士課程修了、博士(農学)。化学メーカーにて微生物を用いたものづくりに従事。2020年より現職。ライフサイエンス・バイオエコノミー関連分野の俯瞰調査・政策提言の作成に従事。

<日刊工業新聞 電子版>
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