第126回「量子インターネット 究極のネット基盤に」
世界で研究過熱
量子コンピューターや量子センサーなどの量子情報技術の発展に伴い、それらをノードとして結ぶ「量子インターネット」の研究開発も世界的に盛り上がりを見せている。「0」または「1」で表されるデジタルビットを送受信するインターネットと異なり、量子インターネットでは「0」かつ「1」の重ね合わせ状態をとれる量子ビットを送受信する。
安全な暗号鍵配送や認証のほか、原子時計の同期や量子センサーネットワークなどの多数の応用が期待されている。量子ビットを送る類似技術に量子暗号通信があるが、送受信者が共有するデータは量子状態を壊して得るデジタルデータである。一方、量子インターネットでは壊すことなく量子状態そのもの(量子データ)を共有する(図)。
量子ならではの利点に、量子コンピューターの並列化がある。量子インターネットで複数の量子コンピューターをつなぐと、重ね合わせの原理により計算能力を指数関数的に向上できる。現行のスーパーコンピューターにも並列化の仕組みはあるが、接続台数を2倍にしても演算能力は2倍にしか増えない。
カギは中継器
長距離ネットワーク構築には中継技術がカギとなるが、現行の光ファイバー網にある中継器(光増幅器)は量子状態を乱すためそのまま使えない。量子には量子状態を乱さない中継器が必要である。これは、量子複製不可能定理により未知の量子ビットのコピーが原理的に禁じられていることによる。
量子中継器の開発には長寿命の量子メモリーや量子誤り訂正、量子メディア変換技術など高度な量子情報処理技術が求められる。中継器開発を含むテストベッド構築を狙った大型プロジェクトの国際競争は、すでに始まっている。日本では情報通信研究機構を中心に研究開発が進められているほか、産学官からなる「量子インターネットタスクフォース」での中長期的な視点からの議論も始まった。
今後は個々のハードウエア開発に加えて、ネットワーク制御やプロトコルなどのソフトウエアまで含めたシステム全体を実証的に開発していく必要がある。なお、量子インターネットは現行インターネットの置き換えではない点に注意したい。
実用化時期は早くても2030年以降。インターネットがそうであったように、量子インターネットも私たちの暮らしを大きく変える可能性がある。誰も思いつかなかった応用も無数にあるだろう。今後の発展を注視したい。
※本記事は 日刊工業新聞2021年11月26日号に掲載されたものです。
<執筆者>
嶋田 義皓 CRDSフェロー(システム・情報科学技術ユニット)
学院工学系研究科博士課程修了。日本科学未来館で解説・実演・展示制作に、JST戦略研究推進部でIT分野の研究推進業務に従事後、17年より現職。著書に『量子コンピューティング』。博士(工学、公共政策分析)。
<日刊工業新聞 電子版>
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