2021年10月29日

第122回「ノーベル化学賞 有機触媒で不斉合成」

今年のノーベル化学賞は、ドイツのマックス・プランク石炭研究所のベンジャミン・リスト博士と米国のプリンストン大学のデビッド・マクミラン博士に授与されることが6日に発表された。有機触媒の分野での貢献が認められての授賞である。

立体構造 制御
医薬品や農薬、香料などに利用される有機化合物には図に示す例のように、分子式は同一でも、右手と左手の関係のような立体構造を持つ異性体が存在し、それぞれ機能・性質が大きく異なる。例えば図中のグルタミン酸は、L体がうま味調味料として利用されるのに対し、D体は苦味を感じる。このため目的とする異性体を選択的に作る技術「不斉合成」が重要である。

従来、不斉合成には金属含有触媒が使われてきたが、有機触媒は希少元素を使わない、合成時に金属不純物が入らない、環境に優しく低コストで合成できるなどのメリットなどがある。

リスト氏は生物由来の抗体の構成要素の一つであるプロリン(天然アミノ酸)が不斉合成に有効であることを発見し、2000年に報告した。マクミラン氏は立体構造が制御された環状アミン触媒を用いた不斉合成を00年に発表し、「有機触媒(Organocatalysis)」という概念を世界で始めて提唱した。これらの論文をきっかけに、世界中の有機化学者が有機触媒に注目し、大きな流れになっていった。

日本の得意分野
不斉合成は、01年にノーベル化学賞を受賞した野依良治博士をはじめ日本の貢献が大きい分野である。有機触媒についても、これまで国の重要施策として研究が行われてきており、多くの研究者がめざましい業績を上げている。

リスト氏は現在、文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラムWPI(北海道大学)の特任教授でもあり、日本での共同研究も活発である。

医薬品や生理活性物質のみならず、有機エレクトロニクスや光学材料などの有機化合物においてもその機能を発現させるためには、分子の立体構造を制御することは非常に重要である。

有機触媒による不斉合成技術は、必要な立体構造を持つ化合物の選択的かつ効率な合成のキー技術である。環境負荷が大きな元素を使わない、廃棄物が少ないなど国連の持続可能な開発目標(SDGs)にも貢献するものとして、今後もさらに応用分野を広げていくことが期待される。

※本記事は 日刊工業新聞2021年10月29日号に掲載されたものです。

<執筆者>
福井 弘行 CRDSフェロー(ナノテクノロジー・材料ユニット)

東京大学大学院工学系研究科修士課程修了後、旭化成入社。触媒、機能性材料などの研究開発に従事。先端技術研究所長、高機能マテリアルズ技術開発センター長を経て、20年より現職。ナノテクノロジー・材料分野の研究開発戦略立案を担当。博士(工学)。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(122)ノーベル化学賞 有機触媒で不斉合成(外部リンク)