第121回「ノーベル物理学賞 気候モデル 社会基盤に」
今年のノーベル物理学賞が気候モデルの開発とそれを用いた信頼性の高い定量的な地球温暖化の予測、ならびに人間活動に起因する二酸化炭素(CO2)の排出が温暖化の原因に含まれることを示した研究に与えられることとなった。
気候システムは大気、海洋、陸面などの複雑な相互作用により形成される。その全球の物理的なプロセスを計算機上で表現したものが気候モデルである。気候モデルはCO2濃度などの変化に対して、大気や海洋がどのように応答していくか表現できる。地球環境を仮想空間上で再現・予測する「地球のデジタルツイン」とも言える。気候モデルは「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の活動にも大きく貢献しており、今や気候変動問題に取り組む上で不可欠なツールとなっている。
近未来予測
気候モデルとそれを用いた予測について、今後重要になる研究課題を二つ紹介したい。
一つ目は気候モデルの高度化による不確実性の低減である。気候モデルの改良によって予測の信頼性は着実に向上している。だが気候システムは極めて複雑で、予測には常に一定の不確実性が伴う。不確実性が大きく予測に幅があると情報として使いにくい。その低減にはさまざまに絡み合うプロセス間の関係性を詳細に明らかにし、気候モデルに反映する研究が必要になる。
二つ目は昨今ニーズが高まっている近未来の予測である。温暖化に関する予測では2100年という遠い未来の予測が一般的だ。しかし社会経済活動における意思決定や対策立案には、より近い未来の予測情報も求められる。例えば数週間先や数カ月先の降水、10年規模での気温の変化や台風の強度・頻度の変化などだ。これらの予測をより精度高く行ったり、温暖化の影響がどの程度あるかを明らかにしたりする研究が求められる。
「使える」情報
信頼性の高い予測は、モデルの開発・高度化に加え、観測・計測、現象解明、データ処理・解析、プログラミング、計算機などの科学技術基盤の上に成り立っている。昨今はAI活用などのデータ駆動型研究との融合も盛んだ。また、ユーザーからは難しいモデル計算結果ではなく「使える」予測情報が望まれる。そのため自治体などでの具体的な施策のための気候変動影響の予測・評価や、予測情報を利用する人間や社会の理解を深める研究なども重要だ。
「地球のデジタルツイン」が社会の基盤としてさらに発展するよう、教育や人材育成も含めた包括的な研究開発戦略を描き、強力に進めていく必要がある。
※本記事は 日刊工業新聞2021年10月22日号に掲載されたものです。
<執筆者>
中村 亮二 CRDSフェロー/ユニットリーダー(環境・エネルギーユニット)
首都大学東京大学院博士後期課程修了、博士(理学)。JSTにて調査分析や政策提言の作成に主として従事。内閣府への出向などを経て現職。環境・エネルギー分野の俯瞰的調査のほか、現在は気象・気候予測に関する調査に取り組んでいる。
<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(121)ノーベル物理学賞、気候モデルを社会基盤に(外部リンク)