2021年10月15日

第120回「マテリアルDX 産学で挑む」

強み消失危機
日本の材料は世界から求められる存在であり続けられるのか。これまで強みとされた材料(マテリアル)にじわじわと訪れた危機感から、政府は4月に「マテリアル革新力強化戦略」を策定した。元来、発見から市場投入まで20年程度かかるとされるマテリアル開発だが、二つの事情からゲームチェンジが起きつつある。

一つは急速に進歩するITとこれをけん引する半導体の革新や、国連の持続可能な開発目標(SDGs)への要請に対し、マテリアルに期待される機能も複雑かつ高度になってきたことだ。過去20年の世界的な投資によって実現した、超微細スケールで物質を加工したり解析したりするナノテクノロジーをいかに最適化し使いこなすかがカギを握る。

もう一つはマテリアル研究の伝統的な手法にデータ科学を加える動きが台頭したことだ。米国発のマテリアルズ・インフォマティクスは、まだ誰も成功したことのない新機能を持つ材料を事前予測する。さらに日本では今、予測した材料をどのようなプロセスで作り上げればよいかを導くプロセス・インフォマティクスへ挑もうとしている。

世界の要請とテクノロジーに起きた変化を前に率先してアタックしなければ、日本の強みは波にのみ込まれ、泡となって消失するだろう。代替する新たな強みが控えているわけでもない日本にあって、まさに正念場だ。

施策の3本柱
マテリアル研究をデジタル変革(DX)するとのコンセプトで始まったのが文部科学省主導の「マテリアルDXプラットフォーム」だ。3本柱からなる施策は①全国25の大学・国研が有する先端共用設備の利用を通じ、材料研究の膨大なデータを得る「マテリアル先端リサーチインフラ」②巨大な材料データベースを構築し、さまざまな解析ツールとともに産学へ提供する「データ中核拠点」③新たな研究をけん引するフラッグシップとしての「データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト」である。

③は2022年度からの本格実施となる。①②は産学の利用者へ向けてセキュアな環境でデータを共有・活用するためのシステムとして、23年度の運用開始を目指す。

重要技術や横断的な計測・加工技術を軸に、データ構造やデータ登録フォーマットを共通化して産学で生かそうとする取り組みに注目が集まる。

世界でも他に見ない、困難であり同時に斬新な挑戦、だからこその模倣が困難な強みに育つ期待がある。新たな強みは、新たな世代が存分に活躍できる環境を用意することによって築くことが肝要である。

※本記事は 日刊工業新聞2021年10月15日号に掲載されたものです。

<執筆者>
永野 智己 CRDS総括ユニットリーダー/研究監

学習院大学理学部化学科卒、グロービス経営大学院経営学修士(MBA)。主にナノテクノロジー・材料・デバイス・計測技術分野の戦略立案を行ってきた。JST研究監、文部科学省技術参与を兼任。

<日刊工業新聞 電子版>
科学技術の潮流(120)マテリアルDX、産学で挑む(外部リンク)